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October 29, 2004

『たけしの死ぬための生き方』byビートたけし

たけしの死ぬための生き方
ビートたけし

新潮社
1997-07
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今回の地震で、普段、ノーテンキな私も生死について考えさせられました。
というわけで、積読本の中からこの本を手にしたというわけです。
ベルさんに紹介していただきました)

1994年、ビートたけしさんがバイク事故を起こした。
この本の前半は、その時、病院のベッドで、彼が死について考えたエッセイ、
後半は彼独特の毒舌で、政府や世間に物申すといった感じのエッセイとなっている。

阪神淡路大震災についても書いている。

大事なことは、死に対するそれなりの哲学を持つってことだろうね。
生きるか死ぬかというのは全部個人の問題なんだよ。
個人的なことを離れて、五千人死んだからかわいそう、大変な事件だなんていうこと自体、
人間を物としてしか扱ってないということでね。
地震の真ん中にいても死なない奴は死ななかったし、同じ日に別の所で車にはねられた奴もいる。

私は自分の死について考えてみた事もないので、明日、「あなたはガンです」なんていわれたら
パニックになる、まちがいなく・・・
いつかはやってくるその日から目をそむけず、その日までどう生きるか、改めて考えてみようと
思った次第です。

とりあえず、根がガサツなので、もうちょっと落ち着いた人間になりたいです・・・

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Comments

最近、新聞の物故者の欄を見ると、私とそう歳の違わない人や、
年下の方なども珍しくなくなっています。歳をとると、自分が
死ぬということがだんだん身近になりますね。実感として、そう
思います。

Posted by: 多摩のいずみ | October 29, 2004 at 15:19

こんにちは。

昨日触れられていた本ですね?

最近養老孟司さんの「死の壁」って本を
読んだんですが、「死」はないって
言い切っていました。

私もそう思います。誰も見たことも経験したことも
無いんですもんね。死体はあるけど。。。

まぁ屁理屈って言われればそれまでですが。

Posted by: 知恵蔵 | October 29, 2004 at 15:55

バイク事故以後のビートたけしは彼の内向性と外向性が
いい具合でつりあっていて、しっくりいきます。
この前の彼の本を読むと、内向性を照れ隠すような部分が
あって、共感できないとこが多いというのが感想です。

>五千人死んだからかわいそう、
>大変な事件だなんていうこと自体…
私も同感です。数字で物を判断するのはすごく危険ですよね。
なんというか、五千人なら五千通りの物語があって、
その中でいろんな生があるということに目を向ければ、
例えばとある災害で死亡者が一人だったから、
よかったよかった、という
ことではないんじゃないかなーって。

>全部個人の問題なんだよ
個人の視点から見れば死というのはすごく大きな問題であり、
決して機械的に扱われるものではないと切に思います。

Posted by: ベル | October 29, 2004 at 21:39

久しぶりにコメントさせて頂きます。このテの話題にはついつい食指が動いてしまいます。
生と死は切り離して考えられるものではないんですね。生がなければ死もなく、死がなければ生もありませぬ。別の見方だと、生にかならず終わりがあるから、芸術に感動し、人生に一喜一憂するわけであるのでしょう。自分の死を考えるとは、自分の生を考えることなのだと感じまする・・。

Posted by: shosen | October 29, 2004 at 22:21

>多摩のいずみさん
>歳をとると、自分が死ぬということがだんだん身近になりますね。
多摩のいずみさんは、すでに悟っていらっしゃるんだろうなあ・・・
私はこれからじっくり考えないと、いざという時、ジタバタしそうです(笑)
以前ならば、自分が死ぬ事なんて想像したくもなかったのに、そういう事を考えたり
本を読んで人生について悩んでみたりするのが楽しい今日この頃。
年を重ねるというのも悪くないですね♪

Posted by: LIN | October 30, 2004 at 08:52

>知恵蔵さん
そうです、そうです。
知恵蔵さんのお返事で書いた本です。

>誰も見たことも経験したことも無いんですもんね。
たけしさんも同じようなことを書いてました。

上でshosenさんも書いていらっしゃいますが、私も「死」について考えるというのは
「生」について考えることなんだと思います。
いつやってくるかわからないその時まで、自分がどう生きるか。
結局、その日、その日を精一杯生きるしかないんでしょうね。
あ!結論、出ちゃった(笑)

Posted by: LIN | October 30, 2004 at 08:55

>ベルさん
おもしろかったです。
紹介してくれてありがとー。
たけしさんの他の本も読んでみようかと思ってます。

>死亡者が一人だったから、よかったよかった、ということではないんじゃないかなーって。
同感!
でも、世間ってそういうところがあるよね。
今回のイラク人質事件についても、前回のと比べて、世論が動いてないという感じがする。
ダメといわれて行っちゃった本人にも問題あるかもしれないけど、
人数もあるのかなあって・・・
これが10人だったら、もう大騒ぎだよね。

以前、ベルさんと「自殺」について論じた事があったけど、小川国夫さんの
『あじさしの洲』という本を読んで、ちょっと考え方が変わった。
「自殺」って一度、それに取り憑かれちゃうと、もう本人の意思とかまわりの忠告とか関係なく、
一直線に行っちゃうのかもしれないって・・・
ベルさんも機会があったら読んでみてね。

Posted by: LIN | October 30, 2004 at 09:12

>shosenさん
台風のボランティア活動、お疲れさまです。
遠目で見ているだけの私は、ただただ頭が下がります。

>自分の死を考えるとは、自分の生を考えることなのだと感じまする・・。
同感です。
死はいつやってくるかわからないわけですから、今、自分ができる事を
コツコツやるしかないですよね。
で、志なかばで倒れたら、またそれも運命。

ただ、やろうと思っていた事をあまり棚上げせずに、着実にやっていきたいと
思っています。

ボランティア活動、くれぐれもお気をつけてくださいませ。

Posted by: LIN | October 30, 2004 at 09:23

ありがとうございますー。
ボランティアと言っても私の場合は仕事関連の団体がらみですので、4分の1くらいは仕事かも・・です。ただ、ぼーさんというのは便利な稼業で、ボランティアするにあたっても「これは私がぼーさんだからやっているのだ」という理由付けがかんたんにできちゃいます。

>死はいつやってくるかわからないわけですから、今、自分ができる事を
>コツコツやるしかないですよね。

LINさん・・もうおさとりになってらっしゃるぢゃありませんかー。少なくともかなり近いところにいらっしゃるぢゃありませんかー。

Posted by: shosen | October 30, 2004 at 14:44

>shosenさん
>4分の1くらいは仕事かも・・です。
それでも強制ではないのですよね?
すごいです。
今回、お寺の方がそういう活動をしているという事も
初めて知りました。

今、調べたら曹洞宗のお寺がウチのすぐ近所にありました。
城跡でもあるらしいので、今度、一度のぞいてみたいと
思います。
「座禅していきなさい」っていわれたらどうしましょう(笑)

Posted by: LIN | October 30, 2004 at 20:12

ぜひ坐禅してきてください(笑) ←あ、笑わなくてもいいか・・。

今のぼーさんでもけっこうそういうことをしますね。そういう団体を組んでいることが大きいと思います。そして、やはり阪神大震災が大きな転機になっていると思います。これはでも、ぼーさんには限らんですよね。

Posted by: shosen | October 31, 2004 at 21:16

>shosenさん
曹洞禅ネットを拝見して結跏趺坐を組んでみようとしたら足がぐきっ(笑)
まず、この硬い体を何とかせねば^^;

Posted by: LIN | November 01, 2004 at 09:27

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