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January 10, 2006

『だいにっほん、おんたこめいわく史』by笙野頼子

群像 01月号 [雑誌]群像 01月号 [雑誌]

講談社 2005-12-07
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群像1月号に掲載された『だいにっほん、おんたこめいわく史』
一挙掲載270枚!

元ロリコン漫画誌編集長大塚英志が「売れない純文学は商品として劣る」と
発言したのに対し、
笙野頼子は抗議し続けているということをふまえたうえで
読んでいただくとわかりやすいです。

ストーリーは…
日本はおんたこが支配するロリコン国家「だいにっほん」に
なってしまう。
にっほんの文学は「近代文学」と称せられた
アニメのノベライズ作品だけになっている。
そして改憲によりロリコングッズの政府認可と
海外輸出の大幅規制緩和が行われた。

かなり日本の現状に近くて、荒唐無稽だと笑っていられない。

ロリコンの人が、2次元の美少女を見て「萌え」とかいうのは
個人の趣味だから好きにすればいいと思うけれど
現実とアニメの区別がつかなくなってしまうのが怖い。

またアニメや漫画やゲームが、娯楽の主流となって
文学が失われていくとしたらそれもイヤだ。
(作家の高村薫さんは
「「晴子情歌」などでは、100の言葉を駆使して小説を書けば、
主人公と父母の間で何とか言葉が通じ合った。
しかし、主人公の息子の世代には20か30の語彙しかないので、
話が通じない。」
といっている。
このまま文学は成り立たくなってしまうのかっ!)

人間は考えるから人間なのに、
今や、考えることを放棄しようとしていないだろうか。
文学は、もっとも身近にある考えるためのツールだと
私は思うのだが…

※作品から気になった箇所を抜粋。

不当に扱われ説明をし続ける事が彼女の文学になっていたのだった。
それは私的な不幸の問題を公的テーマとして構成しなおし、
説得するという作業であり、まさにアンチ国家的な書き物であった。
またそんなアンチ国家を語るために彼女は様々な空想上の、
幻の国家を書くようになった。
実体験から、恨みから紡ぐそうした国家はいつも生々しかった。
空想の楽しい国など彼女は書かないのだった。(P.62)

ブスとは男にとって性的に役に立たないから憎まれるのである。
或いはパーツとして使えば使えるのに全人的存在として
普通に生きていると絡まれ、嫌われるものだ。
それ故男の中で女性を性的有用さ、エロ的効率だけで量りたいものは
ブスを苛める。
それがもしブスに対する関心だとしたら
「やれやれもしここまでブスでなければ、或いはこいつに顔なければ
強姦してしまうのになあ」というような効率中心的な自己都合的な
葛藤のせいなのだ。
またその一方女性芸術家の外見にばかり関心を持つものは
そのジャンルに対する不毛な粘着と劣等感無力感の故に
性的関心をそこに集中させる。
女に負けると、彼らは「ブス」と言うのだ。(P.64)

トラブルのどん詰まりに仕方なく買った家は気にいっているものの、
戦いの場所であり、放置され荒れていた。
笙野は家を楽しむという事を覚えようとした。が、…。
ある日、玄関を掃除し、花を飾り、流し台を磨いてから、…。
笙野は料理に取りかかろうとして出しっぱなしになっていた
流しの桶の上のまな板を持ち上げた。すると…。
その桶の中にぼうふらが湧いていた。
人生は短い、やっぱり仕事しよう。と笙野は思った。(P.65)

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Comments

LINさん、こんにちは。
とっても昔に「たいりょん」というハンドルで一度コメントさせていただいたことがあります。
LINさんは笙野さんの作品を読まれているのですね!
私も最近森茉莉方面から笙野さんを知り、「レストレスドリーム」を手にとってみたのですが、言葉で実験・革命しているような作風に衝撃を受けました。
興味を持ち始めたところなので、群像も買ってみようと思います。情報ありがとうございます^^

それから、「年末のまとめ」の記事も読ませていただいて興味深かったです。
実は私、伊坂ファンです。(笑)しかし、恩田作品にはなじめない者です。
自分の小説の好みについて分析してみるのも面白そうですね♪自分が小説に何を求めているのか、自問してみようと思います。
長々と失礼致しました。また遊びに来ますね!

Posted by: TRK | January 10, 2006 at 14:08

 うーん、僕は全然読んでないし関わってないので偉そうなことは言えないのですが、「純文学が『商品』として劣っている」のは事実で、さらに「純文学は『人生に必要』ではない」というのも、確かにそうなのではないでしょうか?
 いや、駆逐したり否定する気はないんですが、文学って元々そういう物なのではないか、と思うのです。だからこそ意味や価値があるんじゃないかと。
 「読んでから書け」と言われればそうなんですが。

 あと細かいんですが「現実とアニメの区別がつかなくなってしまうのが怖い。」って表現ね、これ、紋切り型過ぎて伝わらないと思う。僕はいわゆるロリコンではなくて、二次元に没頭するタイプでもないのだけれど、そういう人たちは年中「現実とアニメの区別が」って言われてるはずだから。

 お、2006年初コメントか。初がこんな感じですいません(笑)

Posted by: LSTY | January 10, 2006 at 16:20

私は個人的に、あの「萌え~」というフレーズが大嫌いです。
なぜなら、あまりに芸が無い、画一的だからです。
本当の「オタク」とか「ロリコン」は、もっと強烈に個性的で、むしろそうした
出来合いの、お仕着せめいたものが大嫌いだったはずではと思って
しまいます。
それはさておき、
「売れない純文学は商品として劣る」
という発言は、かなり乱雑で誤解を生みやすい表現ですね。
「商品」という観点で考えれば、純文学でも大衆文学でも、
アニメでもゲームでもロリータ志向のマンガでも、
「売れない」ものはすべて「劣る」ということになります。『資本論』第一巻を
読むまでも無く明らかです。
一方、では「売れている」ものに価値があるかというと、これは
はなはだ疑問です。
売れていても、ゴミクズ以外の何物にも見えないものは、いくらでも
あります。
要は、「純文学」と「商品」という、まったく価値基準が違うベクトルの
対象を同列に考えたための混乱だと思います。

Posted by: 多摩のいずみ | January 10, 2006 at 18:05

 上記LSTYさんと同じような意見ですが、
 僕も純文学が「商品として劣る」のは、当然だと思うな。
 だって、売れるから書くんじゃなくて、どうしても書きたいから書くのが純文学だもんね。根本が違うんだもん。純粋に「商品」として見たら二流品もいいトコだよ。

 思うに、純文学って、「商品」ってよりも、どっちかいうと「文化」って感じに近いんじゃないかな。能とか歌舞伎みたいなね。

 そりゃ、ハリウッド映画みたいにわかりやすい&読みやすいラノベとかエンタメ小説の方が面白いんだからさ。みんなそっちを買うのは当然だよ。

 ただ、現代の能や歌舞伎がそうであるように、純文学も簡単には消えないとは思うッス
 きっと大丈夫☆


 本は未読なんですが、LINさんの紹介を読む限り、風刺的な作風みたいだけど…… 半分くらい実現しちゃってるのが怖いよね(笑)

Posted by: ろぷ | January 10, 2006 at 19:02

LINさん おつかれさま&さんきゅ&もろもろ。
嬉しさのあまりトラバしたらオイラの記事が目立つところにドーンと出ちゃった。ココログってそうなんだ~。はてな同士ではそんなことないのに。ごめんね。ゆるして~。消そうかと思ったけど、ここはひとつ笙野宣伝のために居座ることにしたっす。

Posted by: Panza | January 11, 2006 at 02:27

笙野という人の作品はまだ読んだことがありませんが、「アニメと現実の区別がつかなくなってこわい」っていうの、わかります、私。数年に一度訪れる日本は、アニメの世界、というよりSFの世界、と感じました。わたし的には椎名誠の「アド・バード」そのままだと思ったりするんですけど。だから、なんとなく「仮想」と「現実」が近くなっている、ということは結構感じてしまいます、外からみると。

Posted by: Miwako | January 11, 2006 at 05:32

>TRKさん
ココのこと覚えていてくださって、また遊びにきてくれて
ありがとうございます。
笙野さんを読み始めたのは昨年からです。
私はTRKさんとは逆で、笙野さんから森茉莉の『贅沢貧乏』を
読みました。
TRKさんは『幽界森娘異聞』お読みになりました?
こちらも森茉莉関連の小説です。
私は未読。
恩田さんのつまらなさは確信があるんですけど
伊坂さんについては『オーデュボンの祈り』しか読んでないので
もしかしたら私は彼を誤解してるかもしれないです。
特に昨年は『魔王』と『死神の精度』が傑作だと
話題になったでしょう?
どっちか読まなきゃいけないかなあと思ってます。
これを機会にいろいろ、本の情報、交換してくださいねー。

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 09:50

>LSTYさん
純文学論争のいきさつ、特に大塚氏の発言を
一行で説明したのは無理があったかもしれないです。
LSTYさんには是非、笙野頼子の『ドン・キホーテの論争』を
読んでほしいなあ。

商品として云々という、数の論理で物事を決めてしまうというのは
恐ろしいと思うのね。
たとえば、世界で10人の人だけがかかってしまった難病があって
数が少ないから救わなくていいやという話になるでしょう?
>純文学は『人生に必要』ではない
これは、まだLSTYさんにとって純文学が
必要な時期じゃないだけかもしれないですよ。
漫画やある種の小説は自分の快感だけのためにあると思う。
(手塚漫画とかは違うけど)
でも、人間、生きていると自分の快感だけじゃ
物足りなくなる時がくるんですね。
(こない人もいるかもしれないけど)
「どうして人間は戦争を続けるのだろうか」
「どうして不幸な人間と幸せな人間がいるのだろうか」
「そもそも人間の幸せって何だろうか?」
なんてことを考えだした時に、ふと横をみると
同じようなことを考えている作家がいることを
純文学に見出すわけです。
(純文学作家全員じゃないけど)

>現実とアニメの区別がつかなくなってしまうのが怖い
これ、伝わりにくい?
そうかあ…
本人たちが美少女アニメが好きでそういう世界に没頭するのは
お好きにどうぞなんだけど、ゲームや漫画の世界のことを
現実でもやってみようなんて考えて
少女を誘拐したりするのはやめてね。
という意味なんですが…

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 10:14

>多摩のいずみさん
「売れないもの」は「いらない」という論理は
本当に乱暴だと思います。
LSTYさんへのお返事にも書いたのですが
世界で10人しかいない難病は救わなくていい
という話になってしまう。
ただ、純文学側にも問題あるでしょうね。
童話的、オハナシ的純文学が増えてしまって
人間について考えさせられるような作品が
少なくなってしまいましたから。
「オタク」や「ロリコン」の人たちこそ、一度、純文学にはまれば
いい読者になると思うのですが…

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 10:38

>ろぷさん
>純文学ってどっちかいうと「文化」って感じに近い
うーん、ろぷさんのように小説を書いている人も
そう思うのかあ…
でも、もしろぷさんが小説を書いていこうと思っているのなら
たとえめざすところが純文学じゃないとしても
「純文学とは何なのか?」
「自分はなぜ純文学を書かないのか?」
とか、とことん考え抜いてほしいなあ。
その回答をすぐ出すのではなくて、
ずっと考えていてほしい。
その考えている過程が、ろぷさんの作品に
厚みを出すと思うんだけど…
>面白いんだからさ。みんなそっちを買うのは当然だよ。
おもしろければいいのかなあ?
おもしろくてもすぐ忘れてしまう作品と
多少、読むのがしんどくでも、その後に
ずっと心にうっすらと何か残る作品と
どっちがいい?

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 10:55

>Panzaさん
おつかれさまです。
トラックバック、大歓迎ですよー。
じゃんじゃんやっちゃってください。
ところで、この記事、大丈夫ですか?
私、変な事、書いちゃってないですか?
さ、次は『水晶内制度』だ!
またいろいろ教えてくださいね。
それから、Panzaさんとこで私のこの記事を
紹介してくださってありがとうございます。
最後にリンクしてあったブログ集みたいなのは
ああやって他人の記事を自動で集めて
運営している人は、検索でたどりついた人が
ついでに広告をクリックしたり何か買ったりすると
儲かるという、他人の褌で相撲をとるという仕組みです。
まったくねえ(笑)

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 11:21

>Miwakoさん
『アド・バード』未読です。
でも読みたくなりました。
(やっぱり私たちは趣味があう?笑)
「仮想」と「現実」の区別がつかない世界は危険ですよね。
どう危険かはうまく説明できないけれど。
先日読んだ茂木健一郎の『脳と仮想』という本では
私たちが「現実」だと思っていることも実は「仮想」だと
いっています。
えーっ、そ、そんな。

Posted by: LIN | January 11, 2006 at 11:49

 論争とかそういうのには興味ないんですけど、作品としてLINさん一番のおすすめは何でしょう?読んでみたくなりました。
 批判のために読むんじゃないですよ。

Posted by: LSTY | January 11, 2006 at 12:00

 うーん、伝わりにくかったかな?
 すごくデリケートな問題で長くなっちゃいそうなのでハショッたのがいけなかったかも。
 ちょっと長めに書くね。


>その回答をすぐ出すのではなくて、
>ずっと考えていてほしい。

 これはドッチに対する問いかけなのかな?
 「純文学とはなにか?」なのか「売れる商品とはなにか?」か。
 一連の文を読んでると、なんかその二つの問いがまじってない?
 二つはまったくの別物だよ。一緒に考えるとおかしくなるッス。

 前者だったら、商業的区分けはともかく、本当の意味での答えは簡単に出ないものだね。人それぞれ違うものだし、僕の中のモヤモヤを晴らさないと僕の答えは見つからない。んでもモヤモヤを晴らした時点で、僕は物語を書く必要が無くなるけど(笑)。

 後者だったら違う話だよね。
 それはお店屋さんの話だ。


>おもしろければいいのかなあ?

 僕も、何かしら得るものがある小説のほうが好きですよ。もちろん。だって「おもしろい」だけだったら他の媒体でいくらでもできるもんね。
 そもそも「おもしろい」だけを追いかけてる人は、小説なんか書こうとは思わないよ(笑)。そしてLINさんみたく深く読むこともないよ。きっと。


 ただ、
 大多数のごく一般読者はっていうと…… やっぱ「おもしろいだけ」が好きなんだよねぇ。くやしいけど。しかも含蓄のある面白さじゃなくて、ただ単に「オモシローイ」のが良いみたい。

 結果、「一番の商品」は「一番オモシローイ」になっちゃうのは当然と言えば当然なんじゃない?

 くやしいけどね。

 これがファッションとかだったらさ、「今年の流行はコレ」と仕掛ければ、みんな簡単について来るんだよ。頭使わないでラクだから。
 だから売り手側もカンタンにコントロールすることができる。


 でも読書はそうはいかないでしょ。
 読むのはやっぱ頭使うからね。
 頭を使うのが嫌な人はみんな「オモシローイ」が大好きだもん。

 そんなこんなで出版社も「売りたいもの」を売るんじゃなくて「売れるもの」を売るって姿勢になっちゃうのはしかたのないことだよ。


 以上のような理由で
 僕は「純文学が商品として劣る」と考えたんだ。
 でも「文化」としてなら純文学はすごいものがあると思うよ。そして「オモシローイ」に、はたしてどれだけの文化的価値があることやら……(笑)


 そもそもな話。
 純文学と商売を結びつけて良い悪いと判断する発想自体、僕はあまり好きな思考法じゃないな。
 擁護派も批難派もどっちも……。


 んまどちらにしろ、現在の状態は、出版社も含めて本が好きな人はみんな悲しんでるんじゃない。
 と、僕は思います。
 (長くなってスンマソン)

Posted by: ろぷ | January 11, 2006 at 19:36

本当は「『幽界森娘異聞』が読みたいんです。「レストレス―」を読んだのは地元の図書館にあった笙野作品がその1冊だけだったからなんです。(泣)
森茉莉のムック本での笙野氏の語りっぷりを読んでからずーっと気になっているので、これは購入すべきでしょうね・・・。
よし、今、購入することに決めました!(笑)

『魔王』と『死神の精度』だったら、「魔王」の方が読みごたえのある内容かもしれません。「死神―」はかなりライトですので。
私は伊坂氏の青っぽいところが好きなのですが、もしかしたらLINさんはその辺が鼻につくのかもしれませんねえ。
ふふ、でも皆違う感想をもつから楽しいんですよね。読んだら感想聞かせてくださいね~

Posted by: TRK | January 11, 2006 at 20:56

>LSTYさん
私もまだ全作品を読んだわけではないのですが
笙野さんはいつも“今”を書いている人なので
最新作を読んで、過去作品をたどるのがよいと
私は思います。
そういう意味では群像1月号に掲載された
この『だいにっほん、おんたこめいわく史』がオススメですが
もし手に入りにくいようでしたら、昨年、発売された『金毘羅』ですね。
論争のいきさつ全てを語った『徹底抗戦!文士の森』も
おもしろいですよ。
LSTYさんの感想、楽しみにしてます。
笙野さんを気に入ってくださったら
笙野頼子同盟みたいなのがあるので
入ってください(笑)

Posted by: LIN | January 12, 2006 at 09:18

>ろぷさん
>ドッチに対する問いかけなのかな?
これはもう一度読んでいただけるとわかると思うんだけど
「純文学とは何なのか?」を考えてほしいという意味です。
私は出版社ではないので、商売としてどうかという話は
正直、どうでもいいのです。
で、純文学に興味のない読者もどうでもいいんだけど
ろぷさんは小説を書いているということなので
余計なこととは思いつつ、あんなことを書きました。

「純文学て「文化」って感じに近い」
「ラノベとかエンタメ小説の方が面白いんだからさ。
みんなそっちを買うのは当然だよ。」
という発言に「ん?」と私は思ったわけなんだけど
今回も
「一般読者は「おもしろいだけ」が好きなんだよねぇ」
って書いているよね?

ろぷさんは純文学のよさは理解しているけれど
世間の動きは仕方がないと感じている。
違う?
でも、私は「みんなそっちを買うのは当然だよ」という
ろぷさんの発言に対して
「みんなって誰?」とか「当然なの?どうして?」とか
つい、ぐちゃぐちゃと考えてしまうわけで。
まあ、そのへんは考え方の相違なので気にしないでください。

Posted by: LIN | January 12, 2006 at 10:20

>TRKさん
えー、図書館に笙野頼子が一冊しかないのですか。
私は図書館ってあまり行かないのですが
全国的にそんな感じなのかしら?
いかんですね。
『幽界森娘異聞』お買いになるのですね!
私もいずれ読みたいと思ってます。
TRKさんの感想を楽しみにしていますね。

>私は青っぽいところが好き
>LINさんはその辺が鼻につく
そうそう!そうです。
「オヌシ、若いのう」って思っちゃうんですよ。
でも、私はどんどん年を取るばかりで
これからは自分より年下の作家が増える一方ですから
克服しなくちゃとは思うんですけど。
『魔王』読んだら、感想、書きますねー。

Posted by: LIN | January 12, 2006 at 10:27

純文学論議ですが、そもそもフィクションという分野であると思うのですが。それが大衆受けするかしないかで、、、。「純文学」とよばれる分野が売れなくなったのは、そもそも読者の質が下がったんじゃないですかねえ。作家も読者によって育てられる部分もあるわけだし。私はこのごろいい文学が生まれないのは日本現代文化の層の薄さ、ということに原因があるんじゃないかなあ、と漠然と思ってます。

Posted by: Miwako | January 12, 2006 at 12:24

 なるほど了解です。
( ̄^ ̄)ゞ

 んでもネット上でよく言われる決めゼリフの「みんな」とは意味がぜんぜん違うからね(笑)。
 僕の言う「みんな」は、売上というデータに基づいた「みんな」ですから。

 作家さんもどうにかしようとがんばってるひとが多いけどねぇ。ホントどうにかならんもんかって感じですな。

 ところで。
 笙野頼子、我が家の近所の図書館では結構まとまった数がそろってましたよ。大阪府立の図書館だから規模が大きいからだろうけど。
 笙野さんくらいの作家さんなら、言えば取り寄せてくれるんじゃないかな?

Posted by: ろぷ | January 12, 2006 at 18:20

たびたびお邪魔いたします。
経済活動という視点から特化すると、「純文学」はNPOのようなもの
ではないでしょうか。確かに活動維持のためにある程度の売上は
必要なものの、やはり優先させるべきは作品自体の質であり内容。
それに対して、売上優先の作品なり出版物は、商品ということに
なるわけでは、などと思いました。

Posted by: 多摩のいずみ | January 12, 2006 at 22:50

そもそも、純文学、エンタメ問わず「本を日常的に読む」人がすごく少ないので…。
売る側からすれば、ふだん本を読まない人をなんとか取り込まなければベストセラーは出せない。
そう考えて、安直なお涙頂戴ものとかをプッシュするのでしょうね。言葉は悪いですが読む能力の低い人にも手にとってもらえるように…。
だいたい、50万部も売ればベストセラーと言われてしまうんですよ本って。
音楽なんかにくらべると、ずっとマイナーな趣味なんですよ(笑)

かくいう私は純文学、超面白いと思って読んでますけどね。
もちろん純文学と一言で言ってもいろいろありますが、『金毘羅』は「うぉぉぉぉぉ面白ええええ」とブルブル震えながら読みました。
この趣味、そのうち変態とかマニアとか呼ばれてしまう時代が来そう。ちょっとやだ。

Posted by: Mlle.C | January 13, 2006 at 02:23

>Miwakoさん
>読者の質が下がったんじゃないですかねえ。
そうかもしれないですねえ。
マンガやアニメって簡単に泣けたり興奮できるじゃないですか。
で、小説も複雑な構造のものよりも
シンプルなストーリーで簡単に感動できるものが
好まれる傾向にあるようですよね。
でもそういう小説やマンガばかり読んでいると
物事を単純にしかとらえられなくならないかなって
思うのです。
極端な話、簡単に人を殺してしまうような人間ができてしまうのではないかと…
私はそういう大衆に媚びている最近の作家にも
おおいに問題あると思います。
作家は大衆を牽引するものではないのでしょうか?

Posted by: LIN | January 13, 2006 at 10:07

>ろぷさん
おー、ろぷさんちの近所の図書館には笙野頼子ありましたか。
どの本を買うとかって、それぞれの図書館が決めるんですかね?
そこにダークな取引とかないんですかね?(笑)
私、ある時、100冊くらいまとめて図書館に本(ほぼ新品)を
寄付したことあるんだけど、すごく迷惑そうだった。
まあ、予算持っていて、好きなだけ買えるんだろうけどさ、
地域の寄付を中心にして足りない分を買えば
環境にも優しいじゃんと私は思うのでした。
寄付して迷惑がられるって腑に落ちない。
本棚にない資料を奥から出してもらう時も
「やれやれ、めんどくせーなー」って顔するしさっ。

Posted by: LIN | January 13, 2006 at 10:17

>多摩のいずみさん
「純文学=NPO」説、おもしろいです。
NPOは「利益があがっても構成員に分配しない」わけですよね。
それを純文学にあてはめてみると、作家が利益目的で
作品を書かないと考えてみると、飛躍のしすぎでしょうか?
最近の作家って、お金を儲けたがるでしょう?
すぐ映画化したりドラマ化したり。
アンタの作品はそんな簡単に映像化できるほど
浅いのかって思っちゃう。
本来、文学なんて儲かるものじゃないわけで
昔はお金持ちの道楽だったのでしょう?
だから、小説ってホントはお金に余裕のある人や
他に職業を持っている人が書いた方が
いいんじゃないかと思うのですが…
でもそれだとハングリーさに欠けるからダメなのかしら。
大西巨人がネットで自分の作品を
無料で公開していますが、これからの作家は
出版社経由じゃなくて、ネットで作品を公開して
オンライン決済にすればおもしろいと思うんですけど。

Posted by: LIN | January 13, 2006 at 10:39

>Mlle.Cさん
確かに本を読まない人は増えているんだけれど
それは最近の小説がどれも
「どこかで読んだことのあるような」本だからじゃないでしょうか?
ダメ本が多すぎる。
で、「たまには本でも読むか」と手に取った本がダメ本だと
二度と読まなくなっちゃうんじゃないかなあ。
本を読みたくないわけじゃなくて、
おもしろい本の見つけ方がわからないのでは?
音楽は宣伝がうまいでしょう?
本はいまだにこれといった宣伝方法がないし。
私はまだ小説や文学はこれからどんどんダメになっていくとは
思えないのですが…
『金毘羅』おもしろいですよね。
私は笙野の「小さい私から大きく振り返る、それが文学だ」
というスタイルが好きです。
文学も政治も男にまかしといたら地球はダメになります。
これからは女の時代ですよ!
(あの男女雇用機会均等法とかで始まった
ニセの女の時代じゃなく、本物のね)

Posted by: LIN | January 13, 2006 at 10:55

LINさん、「おんたこ」やっと読みました~
おんたこのことはこちらの記事で知ったんですよね、私。ありがとうございます♪
「だいにっほん」をかなりリアルに感じてしまって、キャラの造形は面白いのですけど、笑いきれない…。
LINさんの感想を読み直してみて、笙野さんの文学論争を踏まえて読み直すとまた違った感想を持つのかもしれないなあと思いました。
TBさせていただきました!

Posted by: TRK | March 27, 2006 at 08:35

>TRKさん
読了、お疲れさまで~す。
確かに『だいにっほん』はリアル過ぎて笑えないかも。
人によって読み方はいろいろあると思うのですが
私はやはり「にっほん」がロリコン国家だといったあたりが
拍手ですね。
海外は大人の文化があるんだけれど、日本は子供中心。
10代の子供がエラソーにのさばっている。
渋谷なんて、子供は追い出して大人の街にしろーって
思いますよ。
この『だいにっほん』に比べると、
今月のすばる掲載『羽田発小樽着』は元気がないような…
ってこんな浅い感想をドンキホーテBBSに書くと
みなさんに「ばかーっ」(笙野の口癖)といわれそうなので
書けずにいます(・∀・;)

Posted by: LIN | March 27, 2006 at 09:41

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