« 『リヴィエラを撃て』by高村薫 | Main | おいしいトマトソースを作りたい »

May 13, 2006

『隠された十字架―法隆寺論』by梅原猛

隠された十字架―法隆寺論隠された十字架―法隆寺論
梅原 猛

新潮社 1986-02
売り上げランキング : 10,455

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

法隆寺に十字架があったなんて、
こりゃダヴィンチ・コードどころの騒ぎじゃないぞ
と思いながら読んだですが、そういう話じゃなかったです。
十字架なんて出てこないじゃん!

要約すると

・法隆寺は聖徳太子一族の祟りを静めるための寺である。

・聖徳太子の息子、山背大兄皇子は蘇我入鹿に殺され
その入鹿を討伐したのが、中臣(藤原)鎌足といわれているが
そもそも、最初から、すべて、鎌足が仕組んだものである。

というようなことが書いてあります。
またいかに巧みに、藤原一族が
政治の道具として仏教を掌握していったとかそんなことも。

でも、「法隆寺が聖徳太子の祟りを静める寺」説には疑問。
藤原氏一族は後々まで、聖徳太子の怨念を恐れるわけですが
殺されたのは、息子の山背大兄皇子でしょ?
事件があった時、すでに死んでいた聖徳太子が怨むでしょうか?
親だから?
聖徳太子が一族代表だから?
どうも、当事者でもない聖徳太子に強い怨念があるということが
イマイチ、ぴんとこない。
そもそも、聖徳太子は何者だったのか?(実は摂政じゃなく天皇だったという説も)

この時代を理解するために
山岸涼子のマンガ「日出処の天子」を読もうかと思ったんですが
聖徳太子が超能力者&同性愛者という設定らしいのでそれはちょっと…(・∀・;)
どうして、マンガってすぐ、すっとんきょうな設定にしてしまうのでしょうか?
わかりやすく、この時代をミステリー仕立てにしたような小説はないのかなあ?
やっぱり『日本書紀』を読まなくちゃダメ?
関裕二さんがお書きになった『聖徳太子は蘇我入鹿である』なんて本もあるそうで。
その説もスゴイな(^^;

<関連記事>
『日本人は思想したか』by吉本隆明・梅原猛・中沢新一

|

« 『リヴィエラを撃て』by高村薫 | Main | おいしいトマトソースを作りたい »

Comments

こんばんは。
>『日出処の天子』
私個人としてはとても好きな作品ですが、当時の時代と人物を原案とした、
あくまで山岸作品ととらえるのが無難と感じます。
『日本書紀』はわかりやすい注釈書がいろいろ出ていますが、私は岩波の大系本や、講談社学術文庫版が
便利で正確だと思います。
『日本書紀』は『古事記』や『万葉集』と違って、純然たる漢文なので訓読に食い違いが
比較的少ないので、古典としては読んで混乱が少ないほうだと感じます。
ただ『書記』の内容はとても充実しているのに、面白く興味深く解説した本が少ないのが
とても残念です。正史ということで、学者にも遠慮があるのでしょうか。 

Posted by: 多摩のいずみ | May 13, 2006 at 18:37

聖徳太子の恨みを鎮めるため、というより結局藤原氏はすごい血を流したわけだから、そのために死んだものたちを鎮めるためと私は解釈したような気がしました。ただ、聖徳太子の怨念というのは天皇に権力を集中しよとすることに心血を注いだわけで、それを一気に藤原が掌握してしまうというのは、天皇家、それもそれまでで最大の権力者である聖徳太子の祟りがあると恐れても、その時代・宗教的に不思議ではないように思います。親だから子だから、というより、もっと大きな力(Supernatural Power)を恐れたのではないかと思います。

Posted by: Miwako | May 14, 2006 at 05:44

>多摩のいずみさん
Amazonで売れている順番を見てみると
福永武彦編(現代語訳のみ)
講談社学術文庫 宇治谷孟編(現代語訳のみ)
講談社学術文庫 次田真幸(原文と全訳注)
岩波文庫 「日本古典文学大系」版を文庫化
となっています。
現代語訳の方が売れているわけですが、
ここはやはり原文で読むべきなのでしょうね?
とりあえず、次田さんのを読んでみようかな。
アドバイスありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ

Posted by: LIN | May 14, 2006 at 10:14

>MIwakoさん
おお、解説ありがとうございます。
そうか!
聖徳太子個人の怨念というより
Supernatural Powerとしての聖徳太子の怨念なんですね。
あ、聖徳太子が本当に怨んだかどうかよりも
生きている人々が「怨んでいるに違いない」と思っているということが
肝心なのか。
権力側の恐怖もさることながら
人々に「これは聖徳太子の祟りに違いない」と
噂されることも問題だったのかもしれないですね。
いやー、歴史は楽しいです。

Posted by: LIN | May 14, 2006 at 10:32

こんにちは。
軽い気持ちでコメントしてしまったので、手持ちの岩波版日本古典文学大系『日本書紀 下』を
読んでみました。
やっぱり、漢文の原文はゴツゴツしていてとてもとっつきずらいですね。
それから、絶版かもしれませんが、中央公論版「日本の名著」シリーズにも
『書紀』の現代語訳があります。わりと読みやすい文章に加えて、解説が詳しく便利です。

Posted by: 多摩のいずみ | May 14, 2006 at 18:23

おはようございます♪

『隠された十字架』は説の真偽よりなにより、梅原氏の熱さを愉しんで読みました(笑)。こんなに熱く熱く自説を語る人はあまりいないのではと思います。
わたしはそんな梅原氏がかなり好きです(笑)。

ちなみに多摩のいずみさんと同じく『日出処の天子』はわたしも大好きな作品です。
歴史の勉強というよりはやっぱり少女マンガですから、人とは全く違う能力を持ってしまった聖徳太子の孤独と哀しみ、唯一その理解者である入鹿…という人間関係を愉しむ作品かなと。
確かに設定は突飛ですが、その突飛さにひく間もないほど惹き込まれる作品でしたよ~。

Posted by: ちょろいも | May 15, 2006 at 07:50

>多摩のいずみさん
>『日本書紀 下』を読んでみました。
わわわ、お手数かけてすみません(^^;
あー、やっぱり原文、むずかしいんですか…
最初は現代語訳で読んで、さらにもっと掘り下げたくなったら、
原文を読む方が、よさそうですね。
>中央公論版「日本の名著」シリーズ
他にどんな本があるんだろうと、中央公論のHPに行ったのですが
検索機能がないみたいで…_| ̄|○
中央公論さんのHP、地味すぎです(笑)
でも、角川みたいに、ダヴィンチコードとマンガの事しか書いてないHPなんかより
好感、持てますけどね♪

Posted by: LIN | May 15, 2006 at 09:17

>ちょろいもさん
そうそう、この本の梅原先生、熱いですよね(笑)
まだ、お若かったのでしょうか?
しかし、梅原先生、著書が多い!
毎月、1冊くらいの勢いで出していらっしゃる。
スーパーウルトラ老人ってとこですね。
ちょろいもさん、『水底の歌』もオススメじゃなかったでしたっけ?
落書き帳のshelfをさがしたのですが、見つからなかった…(^^;
『日出処の天子』おもしろいのですねー。
ワルツさんにも『シャルル公爵の楽しみ』を紹介していただき
読みたいマンガ山積みなんですが、どうもマンガは後回しになってしまって…
一度、マンガ喫茶にこもって読みまくらないといかんですな(笑)

Posted by: LIN | May 15, 2006 at 10:01

LINさん、こんにちは。
うふふ、私の『シャルトル公爵』は忘れて下さい。(笑)『美女姫シリーズ』から延々と続く、個人的趣味ですから。(^^ゞ
それより、多摩のいずみさんやちょろいもさんもおっしゃってますが、山岸涼子の『日出処の天子』を是非。そんな毛嫌いせず。(*^。^*)
漫画ですが、作者がプライドを持って、すごく勉強して書かれているのが伝わってきます。
私はこの漫画と共に、梅原猛の『聖徳太子』全4巻 集英社文庫と、
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087480917/qid=1147674913/sr=1-7/ref=sr_1_2_7/250-3572387-2406629
黒岩重吾の『聖徳太子』全4巻 文春文庫巻を読みました。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167182238/qid=1147675959/sr=1-4/ref=sr_1_10_4/250-3572387-2406629
梅原猛のは、学問的でしたし、山岸涼子と共通するものを感じました。黒岩重吾は、ホームドラマ風で聖徳太子が一人の弱い人間として書かれていたと思います。

そして、黒岩重吾の『落日の王子』(蘇我入鹿の物語)全2巻 文春文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/416718219X/qid=1147675959/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-3572387-2406629
彼の一つの解釈としてですが、入鹿が山背大兄皇子を滅ぼしたわけや、後に鎌足、中大兄皇子に殺された背景が面白く書かれていたと記憶しています。

Posted by: ワルツ | May 15, 2006 at 15:55

>ワルツさん
『シャルトル公爵』、名前のインパクトがすごくて
忘れられないです(笑)
やっぱり『日出処の天子』は読むべきなのですね。
機会を見て、読んでみますね。
そういえば、マンガで思い出しましたが、
ワルツさんの『チョコレート・コスモス』への批評、私もまったく同感です。
いや、『チョコレート・コスモス』はまだ読んでないんですけどね。
でも、恩田陸がマンガの影響を強く受けているというのはよくわかります。
最近、ドラマもマンガを原作にしたものが多いでしょう?
そのうえ、小説までマンガっぽくなってしまったら…
ワルツさんのおっしゃる通り「小説は、文章のみの芸術」なんですよね。
マンガに引きづられるようにして書くべきじゃないと思います。
そして黒岩重吾。
10代の頃、よく読んだのですが、覚えてない(・∀・;)
晩年、古代史小説をたくさんお書きになっていたのですね。
是非、読んでみたいです。
ご紹介、ありがとうございました。

Posted by: LIN | May 16, 2006 at 09:12

>でも、「法隆寺が聖徳太子の祟りを静める寺」説には疑問。

全くそうですね。
聖徳太子は再建法隆寺にまつられ、ホメ殺されたというのが最近出た武澤説です(武澤秀一『法隆寺の謎を解く』ちくま新書)。
建築家である武澤さんはそもそも梅原さんは事実誤認をしているといいます。そのあたり、なるほど、そうかぁ!と具体的で説得力があります。
その上でホメ殺し論に至るのですが、それは読んでのお楽しみということで…

Posted by: 古代人 | August 20, 2006 at 15:31

>古代人さん
>武澤秀一『法隆寺の謎を解く』
おー、こんな本が出版されていたのですね。
建築家の目で見た法隆寺の歴史、おもしろそうです。
>ホメ殺された
え?ホメ殺し?
井沢元彦さんの本にあるように、言霊に怨念をこめるというのは
何となくわかるのですが、ホメ殺しというのはことばとしてあっても
実際に行為として効果があったのだろうか?
というのが今の率直な感想です。
是非、読んで、内容を確かめたいです。

Posted by: LIN | August 21, 2006 at 08:50

>ホメ殺しというのはことばとしてあっても
実際に行為として効果があったのだろうか?

その政治的、宗教的意味についてもなるほどと思わされるものがありました。
また、そこに論が至る過程も具体的でわかりやすい。
是非ご覧になり、感想をお聞かせください。

Posted by: 古代人 | August 21, 2006 at 16:09

>古代人
>なるほどと思わされるものがありました。
それは読むのが楽しみです。
ご紹介、ありがとうございました(*^^*)

Posted by: LIN | August 22, 2006 at 09:16

LINさん

先だってご紹介した本、お読みになられましたか?
お忙しくてまだなんでしょうね。
コメントを楽しみにしています。

Posted by: 古代人 | September 15, 2006 at 00:06

>古代人さん
読ませていただきましたよ~♪
感想は簡単ですが、こちら↓に書きました。
http://linlinlin.cocolog-nifty.com/lin/2006/09/post_9b50.html
サーンチー塔を例に取り、「めぐる作法」を説明したあたりは
大変、興味深かったです。
ただ、結論として、中門の柱は、中軸を取るためだったとなっていますが
「めぐる」ということを考えたら、むしろ中軸は邪魔なのではないかと
素人考えで思いました。
そして、結局、結論が出ないことならば、
私は、梅原説の方がドラマチックで好きかもしれません。
でも、『法隆寺の謎を歩く』も大変、いい本でした。
ご紹介ありがとうございました。

Posted by: LIN | September 15, 2006 at 09:48

LINさん
書評掲載に気づかず、失礼しました。

>「めぐる」ということを考えたら、むしろ中軸は邪魔なのではないか

普通、そのように考えられますよね。そこが建築家の眼の違うところなのではないかと思いました。
あの本の中で、設計においては一石二鳥もあれば三鳥もある、とありましたが、言葉の論理では矛盾することでも空間的処理においては両立することがある。むしろそれを達成するのがいい設計なのだと…。
建築家が法隆寺の謎解きに挑んだ意味がそういう点に出ているように思いましたが…。

ところで、聖徳太子の“ホメ殺し”についてはどう思われましたか?
また、結論が出ないとお考えになる理由もお聞かせいただけるとうれしいです。もちろん最終結論などはありえないでしょうが、現時点でどちらがどれだけ説明能力を持っているかということだと
思いますので。

Posted by: 法隆寺本 | September 16, 2006 at 16:32

>法隆寺本さん
あくまでも素人考えですが、建築から歴史へアプローチするのは
むずかしいのではないかと思います。
私は梅原さんの“通せんぼ説”もあまりぴんと来ていませんが、
武澤さんの“ビテイコツ説”も正直、あまりぴんと来てないです。
確かに建築というのは、その時代の形をとどめているわけですから、
歴史の重要な証拠であるとは思うのですが
現代の目で見ている限り、推測の域を越えないと思うのです。
たとえば木材の乾燥期間を1年と考え、金堂の木材の伐採が668年だから
金堂の完成は669年ないしは670年あたりではないかとしているあたり
本当にそうだろうかと思うのです。
乾燥期間が1年というのはあくまでも現代の視点ではないかと。
また、“ビテイコツ説”は、いくら法隆寺だけの突然変異としても
あのような中門の形が他に例がないというのも
首をかしげるところです。
“ビテイコツ説”ならば、他にも例があってもいいような気がします。
“ホメ殺し”については、あまりにまわりくどい方法ではないかと思いますし、
やはり他に例がないということですね。
梅原さんの怨霊封じ説は、菅原道真のように他にも例がありますから。
武澤さんは、怨霊封じは、法隆寺よりもっと時代が後になってからだとは
おっしゃってましたが…
でも、どちらも読み物としては大変、おもしろかったです♪
こういう類の本は好きですので、また何かあったらご紹介くださいね。

Posted by: LIN | September 17, 2006 at 13:33

>LINさん
>多摩のいずみさん

旧聞に属する話題で恐縮ですが、ちょっと気付きましたので…。
日本書紀の現代語訳として出ている

講談社学術文庫版 宇治谷孟訳

には、私の関心事項についてですが、信頼性を欠く点が見受けられます。
蘇我馬子が大野の丘の北に塔を起てたくだりで、塔の柱頭に舎利が納められていたという記述が原文にありますが、柱頭に納めるなんてありえないと判断してか、注釈もなしに書き換えてしまっています。舎利を柱頭に納めることは十分にありえたことなのに…。先日、ご紹介した武澤秀一著『法隆寺の謎を解く』ではこの部分を原意通りに紹介していました。
膨大な文献ですので誤りはなかなか避けられないところでしょうが、相手が日本書紀ともなると、チェックを重ねてほしいところです。こうしたことがあると、他の箇所も心配になってきてしまいます…。

Posted by: 古代人 | September 23, 2006 at 19:10

>古代人さん
おー、書き換えはひどいですねえ。
柱頭でなく、どこに納められたことになっているのでしょう?
心礎?
ただ、武澤さんの本の112ページには、その時の柱は掘っ立て柱だったと
書いてありますよね。
私もこの箇所を読んだ時、掘っ立て柱の柱頭にどうやって納めるのかなあとは
思いました。
私は日本書紀は、福永武彦訳が買ってあるのですが、
まだ積んだままです…(・∀・;)

Posted by: LIN | September 24, 2006 at 09:42

>武澤さんの本の112ページには、その時の柱は掘っ立て柱だったと書いてありますよね。
私もこの箇所を読んだ時、掘っ立て柱の柱頭にどうやって納めるのかなあ

おそらく柱の先端部をくり抜いて空洞部をつくり、そこに舎利を納め、最後に栓で穴埋めをした?
のかと思われます。
今日でも柱の胴体部にそのような処置をして舎利に替わるものを納めている事例があるようです。

なお宇治谷孟訳では、柱礎、柱の根元に納めたとしていました。

Posted by: 古代人 | September 24, 2006 at 14:24

>古代人さん
>宇治谷孟訳では、柱礎、柱の根元に納めた
えー、原文は「塔の柱頭に舎利が納められていた」と書いてあるのに
そんな風に書き換えてしまっているのですか!
訳は原文通りにして、注釈で「原文では柱頭とあるが、柱の根元ではないかと思われる」
とか書いていただきたいですよねえ。
こういうことがあるから、やっぱり原文を読まないといけないのだなあと
思います。

Posted by: LIN | September 25, 2006 at 09:44

講談社学術文庫は良心的な、名前どおり学術的に信用のできるものが揃っているという印象がありますが、やはり、確認は必要のようですね。
注釈なしに変えてしまうあたり、基本的態度にかかわりますので単なる誤訳より重いですね。
ニュートンプレスから出ている現代語訳があります。山田宗睦訳ですが、こちらはどうも文章がこなれていない。もしかすると、精確を期すとそうならざるを得ないのかも。
やはり現代語訳は参考に、ということになるのでしょうか。

講談社学術文庫ついでに法隆寺がらみでお話しますと、そこから出ている町田甲一著『大和古寺巡歴』で梅原さんの学問的態度について重い指摘がされているのは御存知ですか?
夢殿に納められている救世観音の裏側が造られていないということを論拠にして梅原さんは、これは太子の怨霊を表現しているからだといっているのは覚えておられますよね?
その本に救済観音の裏側の写真が載っていますが、背中も尻も、ちゃんと造られているのですよ。
どうしてこんなことが起きるのか!
不思議ではありませんか?
見ていないのです、梅原さんは。
ちゃんと見ていれば、こんな間違いを仕出かすはずはないのです。そんないい加減な態度で、大層なことをいっているのです。ちょっと信じられない話ではありませんか?
でも事実なのです。

Posted by: 古代人 | September 25, 2006 at 10:33

>古代人さん
私はそもそも、“救世観音の中が空洞だから怨霊を表現している”という箇所には
疑問を感じているので、背中があいているかどうかはどうでもよかったりします。
ただ、以前にも書きましたが、聖徳太子の時代のことなんて
タイムマシーンに乗って、その時代に行くのでない限りは
いくら研究したところで正解はないと思うのです。
読者も、当然、そのあたりのことはよくわかったうえで
真実を知りたいというより、古代にロマンをはせているんだと思います。
そういうところが、梅原さんの本が人気がある
秘密なのではないでしょうか?
梅原さんの本に書いてあったのかしら?
「学者はまちがえることを怖れるあまり、大胆な仮説ができない」
というようなことを何かで読んだ記憶があります。
私も、今までにない大胆な仮説というのが大事だと思います。

Posted by: LIN | September 26, 2006 at 09:52

実物はおろか、写真さえ確認せずに、ものを書いて出版するというのは、物書きとして誠実さにかけるのでは?
基本マナーの欠落において日本書記の宇治谷孟訳と同じようなものなのでは?

可能な限り確認したうえでこそ、大胆な仮説も意味を持つはずです。基本マナーを怠って大胆さを誇っても…??

それで「真実の開示」とみえを切られても…???

Posted by: 古代人 | September 26, 2006 at 15:16

>古代人さん
フェノロサの「背後は中空なり」という文章を解釈なさってのことでは?
また、実物を見ようにも、背後というのはなかなか見せてくれないんじゃないですかねえ。
正面からは何度も見たと、梅原さんの本には書いてありますから。
写真も果たして、当時、公開されていたのかどうか…
何より、梅原さんがそのあたりの確認を怠っていたとしても
この本が多くの人に愛されているということが大事だと思います。
梅原さんは仏像の専門家でもないし、これは学術論文ではないのですから。
読者も、この本で真実を知りたいと思っているわけではなく
古代のロマンに浸りたいのだと思いますよ。
これが、それこそ講談社学術文庫だったり新書だったりしたら
また違うと思いますが、フツーの新潮社の文庫なんですから。

Posted by: LIN | September 27, 2006 at 10:46

法隆寺と岡倉天心でしたら、まずは『日本美術史』、平凡社ライブラリーでしょう。美校(現・芸大)における若き日の講義録です。

Posted by: 古代人 | September 28, 2006 at 19:58

>古代人さん
『日本美術史』のご紹介ありがとうございます。
私は歴史ミステリーが大好きなのですが、
どうも美術には興味がなくて…
すみません。
せっかくご紹介いただいたのに、あれも苦手、これも苦手で。

Posted by: LIN | September 29, 2006 at 11:51

The comments to this entry are closed.

« 『リヴィエラを撃て』by高村薫 | Main | おいしいトマトソースを作りたい »