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May 17, 2006

『見仏記』byいとうせいこう・みうらじゅん

見仏記見仏記
いとう せいこう みうら じゅん

角川書店 1997-06
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小学生から詳細なスクラップブックを作っているほど
仏像に魅せられてしまったみうらじゅんが、
仏友・いとうせいこうを巻き込み、日本各地の仏像を“見仏”する。

(ネットで連載されたe見仏記を見ていただければ、
この本の雰囲気がわかっていただけます)

みうらさんのイラストもいいのだけれど、
実物も見たいので
イチイチ、インターネットで検索しながら読んだ。
仏像鑑賞日記としてもおもしろいのだが、
私は、みうらさんといとうさんの性格の違いや
二人の繊細さゆえの危うさが、文学的でよかったと思う。

みうらさんは、あくまでも仏像を、かっこいいかどうかで判断する。
歴史的背景は関係ない。
そして、みうらさんは、突然、機嫌が悪くなったり、感情の起伏が激しい。

一方、いとうさんは、仏像からいろんなことを想像しては
思索にトリップしてしまう。
一人で黙って考え込んでしまうのだ。

そして見仏ツアーの最後に、みうらさんはついに…

みうら 「見仏ツアーもラストだから言うけどさ、
実はいとうさんの方が思い入れ激しくて、
そんで突っ走ってたって気づいてないでしょ?」
いとう 「いや、俺はバランス取るのうまい人間だよ。
京都・奈良を見たら、次は東北とかさ。
原稿の中でもきっちりバランス取ってたし」
みうら 「ほーら、わかってない。
いとうさん、分析とか始めると止まらない自分に気づいてる?
俺の方がアンバランスに見えるんだろうけど、
本当はいとうさんの原稿のバランスをさ、
いっつもイラストで取ってたんだよ」

私にいわせれば、アンタら、二人とも変である。

でも、最後にみうらさんはこういう。
「でもさ、だから俺、いとうさんが好きなんだよね。
無自覚にどっか狂ってるからさ」

「三十三年後の三月三日、三時三十三分に三十三間堂の前で
会いましょう」
という約束をかわし、京都駅構内で、握手をして二人が別れるシーンは
じーんとする。

仏友編、海外編、親孝行編もあるので、そちらも読みたい。
でもその前に、イチイチ、ネットで検索するの、めんどくさいので
仏像写真辞典みたいなのがあるなら、ほしい。

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Comments

>私にいわせれば、アンタら、二人とも変である。

 (;´▽`A``
 僕はどっちかっていうとみうらじゅん的見物法(この場合は「見仏」か)なので、このツッコミにドキリ。「三人とも」に訂正しておいてください(笑)。
 そういえば他の記事でも「みうらじゅんみたい」とおっしゃってましたね。

 文学も芸術も彫像も。
 作者や背景をうんぬん言う前に、それ自身が素晴らしいかどうかでしょ。
 百年の歴史があっても駄作は駄作だし、それを有名人が使っててもやっぱり駄作なわけだ。それでイイって言うんならただのミーハーだ。
 偉大な文豪だって失敗作はいっぱいある。いやむしろ失敗作の方が多い。一握りの良い作品の生みの親だから文豪なり大家なのであって、文豪の作品が必ずしも名作ではない。
 だから僕はシンプルに作品だけで評価する。

 ……と、あとからヘ理屈つけてみましたが、いかがでしょう?(笑)。

 要は。
 素晴らしいものに理屈をつけるの、僕はイヤなんだよね。なんか作品が持ってる右脳的すばらしさが消えちゃう気がするんだよ。
(「右脳的すばらしさ」とか珍妙なことを言ってる時点で、また「ヘンなヤツ」と思われてるかも。あぁドツボ。)

 そういえば、みうら氏の仏像本ってかなり前に読んだような気がするんだけれど、これ、「今月の新刊」なの?
 と思ったら文庫なのね。ナットク。

Posted by: ろぷ | May 17, 2006 at 20:06

読まれたんですね。
2人とも変ですよね。
だから面白いんだなぁって。
普通の人の見仏記だったら、全く、読む気も起こらなければ、本を手にすることすらなかっただろうなぁと思わせる絶妙な2人組って感じです。

Posted by: まき | May 17, 2006 at 21:17

LINさん、こんばんは。
見仏記シリーズはコンプのうなでございます。
この本は"ブツ(仏像)"を通した「みうらさん観察記」でもあるところが魅力ですよね。
最初のが発売されたときに、ワタシ、仏像の写真集をあわせて買いましたよ。
「急に…どうしたんだ…?」と親に心配されました(爆

Posted by: うな | May 18, 2006 at 01:25

>ろぷさん
ってことは、ろぷさんは作家よりも画家が向いてるかもしれないですよ。
というのは、この本の中で、みうらさんの仏像の見方について
いとうさんがこんなことをいってるんです。
「彼はいつでも現在に生きていて、瞬間瞬間に集中することができる。
観念に逃げ込むことなく、事実を感じることができる。
やっぱり絵を描くべき人だ。
そして、私は結局文章しか書けない人間である。」って。
>素晴らしいものに理屈をつける
それが文学じゃないのかなあ?
絵って、「とにかく見てくれ」ってその一瞬で感じさせるものだけど
文学は、全部、読んで「よかったー」と思うものでしょ?
長い理屈みたいなもの。
ろぷさんは、発言に迷いがないじゃない?
私は「迷い」も文学の重要な要素だと思うんですが…
>「今月の新刊」なの?
文庫としても新刊じゃないです。
今、積読本消化強化月間なんですよ。
ろぷさんのように若くはないので(笑)
そろそろ、広く浅くじゃなく、掘り下げる読書をしたいなあと。
で、積読本を読んで、「あ、このジャンルは今後も読みたいな」とか
「あ、このジャンルはもういいや」とかね。
正直、小説は「もういいや」かも…(・∀・;)
エンタメは、私が好きかどうかは別にしてアリだと思うけど
日本の純文学は、何か方向性がまちがっているような気がする…
まあ、これについてはいずれ、記事にできたら記事にします。

Posted by: LIN | May 18, 2006 at 09:49

>まきさん
そうそう、変ですよね(笑)
これってもっと仏像がクローズアップされた本だと思ったのですが
うなさんも書いていらっしゃるけど、この本の主人公はみうらさんといとうさんですよね。
仏像より断然、二人の動きや思考の方がおもしろい。
>絶妙な2人組
弥次さん、喜多さんみたいですよね(笑)

Posted by: LIN | May 18, 2006 at 09:52

>うなさん
おー、うなさん、コンプされているのですか!
もしかして「TV見仏記」のDVDも持ってます?
ねー、これって、仏像が主人公のようで、
みうらさんといとうさんが主人公なんですよね。
私は、いとうさんがブツブツと一人で考えるところが、結構、好きです。
>仏像の写真集をあわせて買いましたよ
ああ、やっぱり!
インターネットでも調べられるんですけれど、
あまりいい写真がないんですよね。
それに小さい。
やっぱり写真集、買おうっと。
私も親に心配されるかしら?(笑)

Posted by: LIN | May 18, 2006 at 09:55

 見仏記は3巻くらいまで読んだけど、最初のが一番面白いです。珠玉の寺揃いだし。DVDも出てますが、あまり良くないです。

 考えてみれば僕が仏像好きになったのはこの本を読んでからかな。奈良の新薬師寺の十二神将とかいいですよ。京都なら三十三間堂と東寺。東寺の兜跋(とばつ)毘沙門天とかね。

 東寺は仏像写真集も充実してるんですが、僕にとって衝撃だったのは十二神将の修復をした時の解体写真。仏像をバラバラにした写真が載っていて、それを見た時に僕は「仏像ってプラモデルなんだ!」と思ったんです。フィギュアでも良いんですけど、そういう感覚で見るとすごくかっこいいんですよ、仏像。

Posted by: LSTY | May 18, 2006 at 10:25

>>素晴らしいものに理屈をつける
>それが文学じゃないのかなあ?

 それは書く時の姿勢じゃないかな?
 または未完成のモノに対する批評の姿勢であって、完成品を読む人が必ずしもそうじゃなきゃいけないとは思えないけれど……
 おっしゃるとおり、それじゃたぶん小説は読めないだろうね。
 LINさんには、フツーの読者のほぼ100%がムカついて見えるんじゃない?

 僕はね。
 鑑賞するときと書くときは別々の頭を使ってます。ロボットが変形するみたいに性格からしてガラッと変えるんだ。(だからAB型だとか言われるんだけれど)でも変形を失敗しちゃう日もあって、その日は小説なんてみんなクズに見える(笑)。
 あと。
 作者の迷いを、必ずしも読者に投げなきゃいけないかってのも僕は疑問なんだ。こうしろああしろとルールを決めたりしたら「ルールがある芸術が文学なのかよ!」と反発しちゃう僕がいます。文学のルール付けって過去にもあったよね。私小説至上主義だったり漢文主義だったり。それと同じ匂いを感じちゃうんだ。(ってこれが僕の迷いでせうか?)
 んま自発的な迷いならタマにはいいんだけど、いつもだと「ワンパターン」としか言えないな。
 つうかブログの発言でイチイチ思想的になってたら何も書けないし、書いても読めないよ(笑)。迷うなら作品だけで充分

 前にも書いたけれど、いっぺんLINさんも創作なさってみてはどうかな。LINさんはすでに読む頭じゃなくて「創る頭」になってると思うよ? 「そろそろ、広く浅くじゃなく、掘り下げる読書をしたい」とかはその証拠だもん。
 創ってみれば、外から見てるよりもまた違うものが見えると思うし。

 こんなクサイこと、あんまり言いたくないんだけれど、いとう氏の言葉を借りるなら、僕の文学って瞬間の観念を記録することから始まるんだ。記録したあと、それをサラダにするか炒め物にするか煮物にするか。それで一作一作が変わっていくんだ。他の人の作り方は知らないけどね。


 Σ('0'*)
 あ、そだ。
 文学談義をする気じゃなかったんだった(笑)。
 なに自分の作風までかたってんだろ。企業秘密が……
 いずれの記事ということで忘れてください。

 ココからが本件。

 仏像について。
 知り合いに聞いたところ、
 山と溪谷社『仏像』關 信子(←なんて読むんだろうね?)
 が、大判で見やすくっていちばん良いらしいです。
 amazonで調べたところ、その定価、\6720!!
 た、高すぎだよ……
 これだと近くの仏像を見仏に行けそうかもね。
 やっぱ仏像はナマがいいよ。
 持ってるオーラが違うからね。

Posted by: ろぷ | May 18, 2006 at 11:37

>LSTYさん
>最初のが一番面白いです。
そうなんだ~。
私も正直、このトーンで続くと飽きるかもとは思ったんですよー。
>京都なら三十三間堂
行ったことがないんですが、今回、この本を読むにあたり
千体仏をネットで見て、圧倒されました。
実物見たら、もっと圧倒されるでしょうね。
行きたいです。
>新薬師寺の十二神将
かっこいいですよねー(これもネットで見ただけだけど)
お、金毘羅って十二神将だったんだ!
新薬師寺のは宮毘羅(クビラ)になってるけど。
>仏像ってプラモデルなんだ!
プラモデル感覚ってわかります。
十二神将のフィギュア、ほしいもん(笑)
スイッチ押すと、ぴかーっと光ったりしてね。

Posted by: LIN | May 19, 2006 at 09:42

>ろぷさん
>それは書く時の姿勢じゃないかな?
ことばが足りなかったですね。
そうそう、「文学は理屈」というのは書く場合ね。
読む側が「これは理屈だ」と思ったら、つまらなくて読めなくなってしまう。
>作者の迷いを、必ずしも読者に投げなきゃいけないか
うーん、これってルールっぽいですかねえ?
でも、考えてみたら、20代って迷わないかもしれないです。
迷うのはもっとずっと後ですね。
迷いというか悩みというか。
>LINさんも創作なさってみてはどうかな
私は、私小説には批評的だし、かといって、物語小説もピンと来ないし
「じゃあ、何書くの?」という壁にぶちあたるんですよ。
それが見つかったら書くかも…
しかし、その前にボキャブラリーが少なすぎです(・∀・;)
限りなくノンフィクションに近いフィクションは書いてみたいです。
>『仏像』關 信子(←なんて読むんだろうね?)
“せき”さんでしたよん♪
紹介ありがとー。
おお、いい値段しますね。
できるだけ、掲載点数が多いのがいいなあと思ってます。
これも候補に入れとくね。

Posted by: LIN | May 19, 2006 at 10:03

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