« GODIVAオータムリーフコレクションと気になる新刊 | Main | 有能な若い人が熱心であるのはマーケティングだ »

October 01, 2006

『世界の宗教と戦争講座』by井沢元彦

世界の宗教と戦争講座

「和」、「ユダヤ教」、「キリスト教」、「イスラム教」、
「仏教」、「神道」、「儒教」
の7つの章に分かれています。
日本人は「宗教」というと「うえーっ」という反応になりがちですが
自分は信じないまでも、世界を理解するために
知識として知っておいた方がいいと思います。
国民のほとんどが「無宗教」なんて、
世界の中でもほぼ日本だけといってもいいのですから。

この本によれば、海外で、宗教について聞かれたら
とりあえず「無宗教」といわず、「Buddhist(仏教徒)」といっておくと
いいらしいです。
海外で「無宗教」というと
「神をもおそれぬ悪魔」と思われるみたいなので。

<読書メモ>
126
ソ連のポーランド弾圧が厳しくなった頃に、
ヴァチカンは敢えてポーランド人から教皇を選んだのです。
それが前教皇ヨハネ・パウロ2世です。
(ええっ!そうだったんだ!
じゃあ、今の教皇が選ばれた理由にもそういう裏があるのだろうか)

200
日本には怨霊思想というものがあるが、
仏教というのは輪廻転生の世界なので
「霊」の存在は認めていない。

257
日本人は「言霊」を信じており、
言ったことに呼応して何かが起こると思っている。
太平洋戦争が始まる前
「このまま日本がアメリカと戦争をやると負けるからよせ」とは、
軍部が力を持つ以前からいえなかった。
言霊の生きている社会では、本当の意味の言論の自由はない。

261
キリスト教式結婚式の
「汝は病の時も健やかなる時も死が二人を分かつまで…」
という誓いのことばは全然、ロマンチックではない。
なぜなら、それは
「夫婦というのは99%以上の確率でどちらか一方が先に死にます。
だから残された者の身の振り方についてきちっと決めておきましょう。」
といっているようなものだから。
日本人が結婚の時にいう言葉は祝詞だけなので、
こういうことをいうことは忌み嫌われる。
(これは笑った。確かに結婚式でこんなあいさつをする日本人はいない。)

264
平和憲法も実は祝詞。
平和、平和といってさえいれば、具体的に平和を護る手段や組織がなくても
平和が達成できるという「言霊」信仰があるからです。
(『憲法九条を世界遺産に』という本を読んだばかりなので、
これはショック、でも事実だ。)

316
官僚というのは、「その地位につきたい、官僚になりたい」ということが目的。
ですからなったときに、何もビジョンがないわけです。
官僚を目指す人は、小さい頃から試験で人を蹴落として
一番になるということを考えて育ちます。

教科書以外の発想ができない。

SF(科学)=反宗教なのだろうか!?

|

« GODIVAオータムリーフコレクションと気になる新刊 | Main | 有能な若い人が熱心であるのはマーケティングだ »

Comments

>SF(科学)=反宗教なのだろうか!?

これは違うと思います。
というのも、昔の優れた科学者はけっこう熱心な神学者だったりします。
具体例を書こうと思ったら、ネットで聞けるラジオでちょうどいいのを思い出しました。
TBSラジオのコラムの花道で町山智浩という映画評論家の8/1日の回です。

ブッシュが議会で初めて拒否権を行使した時の話
(ES細胞という細胞の研究を拒否しました)で、
国際ヒトゲノム計画の代表で熱心なキリスト教徒の科学者が
キリスト教徒に科学を信じなさいと
大型バイクに乗ってギターを片手に啓蒙活動をしている話を紹介します。
科学はもともと宗教から始まったという流れになります。
最近のアメリカは進化論を信じていない人が40%くらいいるらしいです。
キリスト教の力が強くなると同時に科学を信じない人が多くなっているそうです。
そんな事情の話も興味深いのでひまな時に聞いてみてください。
笑える話になっているのでかたっくるしくないです。

クリックするとデータをダウンロードして再生が始まります。
20分くらいです。
http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/files/st20060801.mp3
その他の回の一覧のページです。
http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/2006/09/index.html

Posted by: nobuta | October 01, 2006 at 16:14

こんばんは。
この本は、一体何の本なのでしょうか。少なくとも、
宗教の本ではなさそうですね。

Posted by: 多摩のいずみ | October 01, 2006 at 21:32

>nobutaさん
聴きました~♪
大変、おもしろかったです。
でもやっぱり、宗教と科学は相性が悪いんだと思いました。
昔の科学者は神学者であることが多かったというのも、
宗教と科学が重なり合っていたというのではなく
その頃の知的エリートというのは、そもそも神学者が多かったんじゃないでしょうか。
多分、科学という概念そのものがなかったでしょうし。
なぜ「SF(科学)=反宗教なのだろうか!?」というメモを書いたかというと
この井沢さんの本を読んで、宗教について考えているうちに
『タイタンの妖女』とか『異星の客』を思い出しまして、
「そういえばSFって神はいないということを書いているなあ」
と思ったものですから。
それにしても進化論を信じない人が40%ってすごい!!

Posted by: LIN | October 02, 2006 at 10:21

>多摩のいずみさん
説明不足ですみません(・∀・;)
各宗教の違いについてわかりやすく解説した本です。
多摩のいずみさんの最新の記事を拝見すると
こういうガイド的な本はお嫌いかもしれませんが、
旧約聖書、新約聖書、コーランを全部、読んで
完璧に理解することは、凡人の手にはあまりますので(笑)

Posted by: LIN | October 02, 2006 at 10:30

 奇しくも今日、宗教について日記に書きましたが、「科学=宗教」でしょう。
 僕は、数学や科学が学問のトップだと思っています。つまり「世の中がどう動いているのかの根源」がそれだと思うから。そして、その根源が宗教で言う所の「神」です。それは結局、イスラム・キリスト・ユダヤ、すべてそうなわけですよ。だから神は二つ存在しない。
 で、宗教が科学から離れた理由というのは、「世の中がどう動いているかの根源」っていうのが、科学によって解明できなかった、今もできていない、だからですよ。分からないから、便宜上、科学から「神学」にフィールドを移した、という事でしょう。でも、根源には「宗教=科学」ってのがあるわけですよ、欧米人やムスリムには。日本人にはそういう感覚はないですね。

 と、僕も宗教については素人ですが、語ってみました(笑)でも、そういう事だろうと思っています。

Posted by: LSTY | October 02, 2006 at 15:19

宗教=科学というより宗教VS科学ですね、アメリカでは。聖書の中に女は男のあばら骨より作られたっていうのがあるんですが、大学の授業で男の方が女よりあばら骨が少ないと信じている人が10%くらいいました。恐ろしいことです。また、人類学では主に進化論をやるんですが、学部に対する嫌がらせも相当ありました。Evangelicalとよばれる人たちですが。

ヨハネ・パウロ二世は、当時のバチカンで有力者が2名いて、カソリック教会内部で票が真っ二つに割れ、それに嫌気をさした人や、年功序列的なものに疑問をもった人たちから指示を受け、いわゆるたなぼた式でPopeになったそうですよ、私の受けたキリスト教史によると。キリスト教史=西洋史ですかね。

Posted by: Miwako | October 02, 2006 at 22:58

>LSTYさん
確かに、初期の科学は、神に近づきたいという気持ちから始まっていると思うのですが
結局、科学は宗教を否定することになったのでは?
>科学によって解明できなかった
うーん、そうなんですかね。
何しろ、西洋は最初にキリスト教ありきなんですよね。
日本人から見ると、その信仰のゆらぎのなさがすごいですよね。
普通は、キリストの復活より、進化論を信じる方が、より明解だと思うのですが。

Posted by: LIN | October 03, 2006 at 15:36

>Miwakoさん
>宗教VS科学ですね
私もそんな気がします。
>学部に対する嫌がらせ
うわっ、そんなことがあるんですか。
私はイスラム教でもキリスト教でも福音主義でも
みんな好きに信仰したらいいと思っていますが
問題は、彼らが自分たちの信仰だけが正しくて
異教徒は改宗すべきだと考えているところですよね。
バチカンも、このあいだ、ベネディクト16世がイスラム教を侮辱して
問題になってましたね。
Miwakoさんはアメリカで暮らしていらっしゃって
キリスト教に改宗しないと暮らしにくいとかってあります?

Posted by: LIN | October 03, 2006 at 15:54

Linさん、私の父がクリスチャンだったんですよ。のちに棄教しますが(笑)だから、教会に日曜日ごと行って、聖書を読んでっていうのはあんまり突拍子もないことではなかったので、アメリカに来て教会に通った時期もありました。また、私が住んでいた市というのはやたらと教会が多く、1ブロック毎に教会があったといっても言いすぎではなかったくらい。だから、やたらと教会への勧誘が多かったし、またクリスチャンでないと確かに暮らしにくかったです。アメリカという国は一言では絶対にくくれなくて、ここSan Franciscoではクリスチャンだから暮らしにくいということはありませんねえ。Evangelicalが少ないせいもあるんですが、リベラルVS保守という対立もあるんですよ。だから保守系の州、たとえば中西部の白人ばっかりのところだとクリスチャンじゃないと身の危険を感じるかもしれませんね。

Posted by: Miwako | October 04, 2006 at 03:07

>Miwakoさん
Miwakoさんのお父様はクリスチャンだったのですか!
ああ、やっぱり、街によって暮らしにくかったりするのですね。
日本でも、地方に行くと、お葬式は近所全体でのイベントだったりしますけど
その感覚とはまた違うのでしょうか。
SFは都会だから、そういうのがないとか?
>1ブロック毎に教会があった
それはすごい!
日本に1ブロック毎に寺があったら、ちょっと異様な光景ですもの。
近くに大きな霊園でもあるのか?って思っちゃう。

Posted by: LIN | October 04, 2006 at 10:16

なんか前回の自分の書いたコメントがすごく変だったんで、つけたしです。私はキリスト教の入信することが自然だったころもあったんですが、小理屈をひねくりまわすのが好きな私に、「とにかく信じなさい」ということに全く納得がいきませんでした。聞かれれば仏教徒と言うようにはしてますが、特にな~んも信じないという、典型的日本人の宗教観をもっています。

アメリカの場合都市部と田舎ではかなりいろいろ違います。わかりやすくいうと前回の大統領選挙で赤の共和党支持と青の民主党支持というアメリカ地図があったんですが、青というのはアメリカ大陸沿岸部の都市に限られ、真ん中は真っ赤なんです。この真っ赤な共和党支持というのが、白人、保守派、福音派、銃規制反対派、妊娠中絶反対派と呼ばれる人たちです、簡単に言ってしまえば。サンフランシスコとボストンというのが保守の全く反対の立場をとるリベラル派の牙城です。とくにサンフランシスコはベトナム戦争の反対運動がここから起きたことでもわかるように、住民が政治に関わる割合が非常に多いです。

保守派は聖書やキリスト教関係の本を読み、リベラル派はそれ以外の本を読む、というのもわかりやすいかもしれません。

Posted by: Miwako | October 04, 2006 at 23:08

>Miwakoさん
>「とにかく信じなさい」ということに全く納得がいきません
私もまさにそこがダメです、宗教って。
勉強して真理が得られるっていうなら、トライしてみたいけど。
信仰だけで救われると思う方が不思議…
あとは、他宗教を認めないってとこがダメですね。
宗教ってそんなものだといわれれば、そうかもしれませんが。
共和党、民主党の支持勢力については、アメリカ大統領選挙の時に
日本でも話題になっていました。
>サンフランシスコはベトナム戦争の反対運動がここから起きた
そうなんですか!
ってことはSF在住のMiwakoさんの記事を読むことによって、
リベラルなアメリカ人を見られるわけですね。
楽しみです。
えっ!保守派の人って聖書以外は読まないのでしょうか?
それもすごいなあ…

Posted by: LIN | October 05, 2006 at 09:59

今の教皇は、ジョバンニ・パオロ2世の晩年頃から、かなりご病身の前教皇に影響を与えていましたね。それゆえ、かなり革新的な考えを引っさげて、教皇の位につかれたはずのジョバンニ・パオロ2世が最後はかなり保守になってました。現教皇は、中世の頃、教会が行なった魔女裁判を指揮した派閥出身者です。
その為か?穏やかそうに繕ってはいますが、ファナティックな処があるような気がしてます。1ヶ月程前、イスラム世界に誤解を招くような発言をしたりして・・。
話は変わりますが、アメリカって思うより保守的ですよね。
何にしろ、抜粋くださったフレーズを読んだだけで、是非、読んでみたくなるような本のご紹介をありがとうございました。

Posted by: ihoko | October 06, 2006 at 19:58

>ihokoさん
コメントありがとうございます(*^^*)
>現教皇は、中世の頃、教会が行なった魔女裁判を指揮した派閥出身者
ええっ!そんな派閥があるのですか!?
そして、その派閥が今でも残っているのですか!?
そのあたりのことを詳しく書いた本があったら読んでみたいですね。
上田安敏さんの『魔女とキリスト教』という本が積んであるのですが
派閥のことが書いてあるといいなあ。
>イスラム世界に誤解を招くような発言
あれには驚きですね。
大学の講義だからとか、引用だとか、いろいろいいわけはあるようですが
どんな影響があるか、教皇自身がわからなかったわけがないと思うんですよね。
>アメリカって思うより保守的
9.11以降、ますますそうなってきたような気がしますね。
『世界の宗教と戦争講座』は大変、わかりやすいですし、
文庫ですから手軽に入手できると思いますので
機会があったら読んでみてくださいね。

Posted by: LIN | October 07, 2006 at 10:41

>日本人は「宗教」というと「うえーっ」という反応になりがちですが

知らないことを知ったように語る癖(先入観に対する確信)があるから。 日本人の多くは、 日本的常識からなる日本教(神道から自然にくる民族思想)という宗教に囚われ、金もうけ至上主義の信心。人並み(家や個人による主観)の人間になるのが真理。

>日本には怨霊思想というものがあるが、仏教というのは輪廻転生の世界なので「霊」の存在は認めていない。

輪廻が成立するなら、生物の数が常に一定になる。殺したりする悪い人間が昔より増えてるのに、生物は減り、人の人口が増えてるのは、なぜ?
     
>それにしても進化論を信じない人が40%ってすごい!!

イスラム世界だと100パーセントに近い。

>僕は、数学や科学が学問のトップだと思っています。つまり「世の中がどう動いているのかの根源」がそれだと思うから。そして、その根源が宗教で言う所の「神」です。
官僚というのは、「その地位につきたい、官僚になりたい」ということが目的。ですからなったときに、何もビジョンがないわけです。
官僚を目指す人は、小さい頃から試験で人を蹴落として一番になるということを考えて育ちます。

教科書以外の発想ができない。

数学等の科学は、手段にすぎない。 それをいくら研究しても目的がでることは、ない。手段(科学)と目的(宗教)の同一化。 「ある」と「あるべき」が一致してる。車が手段、目的地が宗教。 これを科学が勝手に決めるとどーなるか? 当然、盲目的(自己満足的)な方向をとる。「行くべき方向」など、永遠に決まらないし、強引に決めると適当になり、目隠しで運転することになる。

多くの人にとって、神は下僕で手段(御利益主義)か、自分が作り上げた妄想の産物になっている。「ある」(手段)をいくら集めても「あるべき」(目的)には、ならない。 地球や宇宙の事実(ある)をいくら集めて、調べても、真理(あるべき)なんて見つからない。 

多くの人は「科学は、事実を真理と見て、真理とは、事実にあるという信仰(宗教)がある」ということに気づいてない。
科学的に見る(この時点で主観が入る)と、全てを一般にする。結婚一般、会社一般、学校一般、社会一般、男女一般。
差別化を計ると、人の主観がさらに入り込み、思想に以降する。そしてそれを絶対だと妄信する。 人が思想(宗教、哲学問わず)をつくると「こういう法則(主観)、周りが正しい、昔からこうだから」という「場所教」や「教祖の主観」以外の結論はない。

選び取ったものが宗教で、それは良くない。親,先祖から受け継いだものは、神聖で、宗教ではない。先祖が盗人なら子孫も盗人、酒飲みの家に生まれたら、酒飲みになるのが正しい、詐欺も盗みも周りがすれば正しい、未だにワラジをはいて、着物を着るべき。ゴキブリは、進化論的に人より長く生きてるから偉く、人より価値がある。占い、心理学の主観宗教。空または迷いである(空または迷いの生活をしたから)という哲学基盤の宗教。

「正しい」とは、支配者(国家、個人)の利己的動機を満たすもの。 
自分的に世界(人生)を見て、自分的に世界(人生)を作る。
無宗教とは、社会教(法自体が利己的動機のもとにある)である。もっといえば「宗教がないこと」を信じる宗教である。

>あとは、他宗教を認めないってとこがダメですね。宗教ってそんなものだといわれれば、そうかもしれませんが。

口からはいやだ、鼻の穴から御飯が食べたい、耳の穴から息をしたい。 どこからでもいいじゃないか。羊と狼の共存は不可能。 どの女でもいいなら、一生結婚できない。「てきとー(考えなくても利己的思想が入る)に生きることが真理」という思想を作る。 人は、差別化をはからず、生きることができない。
 
>「とにかく信じなさい」ということに全く納得がいきません私もまさにそこがダメです、宗教って。勉強して真理が得られるっていうなら、トライしてみたいけど。信仰だけで救われると思う方が不思議…

信じる=妄信ではない。「信じる」という定義が違う。 考えや行動に影響を及ぼし、今までの自分の思想(社会的道徳、常識等)を否定する。信じない人が読んでも意味なし。「でたらめ書か道徳書」に見えるだろう。海が聖典(唯一神の残したもの)で鯨を捕まえるのが真の目的。そのとき釣竿を持っていくのが、多くの人の解釈の仕方。目的が勉強なら、その時点で間違い。そしてそれを真理で、こーいうものと勝手にみなして終わり。 餌(自分の思想)や鯛を吊り上げただけ。

Posted by: yuu | June 17, 2007 at 19:22

>yuuさん
私はブログのコメント欄は
「こういう考えはどうだろう?」
「うーん、そういう考えもあるね」
というように、お互いの意見を聞きながら、
みんなで悩む場所だと思っています。
yuuさんのようにご自身のはっきりとしたお考えをお持ちの方にとって
コメント欄は意見を述べる適切な場所ではないと思います。
(少なくとも私のブログでは)
ご自身のブログに記事としてお書きになってみてはいかがでしょう?

Posted by: LIN | June 17, 2007 at 20:52

The comments to this entry are closed.

« GODIVAオータムリーフコレクションと気になる新刊 | Main | 有能な若い人が熱心であるのはマーケティングだ »