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October 21, 2006

あの陶芸家は誰?

金曜日の深夜、ぼーっと見ていたTV。
それは陶芸家を紹介する番組で、
彼が作ったというコーヒーカップは
カップより持ち手の方が大きい。
皿もごつごつしていて、皿というより土のかたまりみたいで
模様も、そのへんで拾ってきた廃材を押しつけてつけている。
私はひとめで、その器が気に入ってしまって、ほしくなって
翌日、パソコンでいろいろ検索したのだけれど、
結局、誰だったかわからない。
確か中国人っぽいお名前だったような気がする。
今、NHKに問い合わせてはいるんだけれど教えてくれるかなあ。

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Glasspen

昨夜は山口智子が「未来創造堂」という番組で
「最近、江戸の職人芸にはまっている」と
箸とガラスペンを紹介していた。
五角形や八角形の箸があって、
持つと、五角形はごつい感じで、八角形は優しい感じらしい。
箸の形なんて考えたこともなかった。
今度は意識して買ってみよう。
ガラスペンは、そもそも、日本の風鈴職人さんが作ったものなのだそうだ。
(イタリアじゃない)
その技術たるやすごくて、一度、インクに浸したら、
ハガキ1枚は軽く書けちゃうらしい。
すごい!ほしい!

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松本零士が、槇原敬之に「銀河鉄道999」のセリフを無断使用していると
抗議しているが、
今度はゲド戦記の挿入歌「テルーの唄」が朔太郎の詩に酷似しているらしい。
(現代詩作家の荒川洋治さんが月刊誌「諸君!」11月号で告発)
私は、「銀河鉄道999」については、松本零士の方が騒ぎすぎだと思っているが、
「テルーの唄」は、ちょっとずつ変えているあたりが、
むしろ意識的にやっているような気がする。
「こころをばなににたとへん」/「心を何にたとえよう」
「音なき音のあゆむひびきに」/「音も途絶えた風の中」
「たえて物言ふことなければ」/「絶えて物言うこともなく」

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Kareinaru

来年、「華麗なる一族」がドラマ化されるけれど、
キムタクが主役って勘弁してほしい。
恋愛ドラマや青春ドラマで、ジャニーズが主役なのは目をつぶろう。
が、大人が見るに耐えうる社会派ドラマだけは、
本物の役者を使ってほしい…(佐藤浩一とかさあ)

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<最近の読書>

今こそマルクスを読み返す

アガサ・クリスティとか松本清張とか。
推理小説はネタばれになるから記事を書きにくいよねえ。
読書中は『今こそマルクスを読み返す』by廣松渉
マルクスっていまだに全集は出ていないんだそうです。
大月書店から出版されている“全集”は
あくまでも“著作集”なんだそうです。
今まで、出版されているものは、
かなりフィルターのかかった編集がなされているので
(都合の悪いものは隠して出版しないとか)
それらを読んで「今さら、マルクス?」なんて
いっちゃいけないみたいですよ。

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Comments

マルクス・エンゲルスの全集はいま編纂途上です。
日本では東北大学の大村泉教授などがたずさわっています。たとえば、
早坂啓造著『「資本論」第II部の成立と新メガ−エンゲルス編集原稿(1884-1885・未公表)を中心に−』(2004年、東北大学出版会)
http://www.tups.jp/book/book.php?id=72
といような作業がされています。

大月書店から出ているのは、LINさんが書いているとおり、「全集」ではなくて「著作集」というか「選集」に近いものです。これが編纂された時期を反映して、『ドイツイデオロギー」はじめ恣意的な編集になっているのもあります(生前に出版されたものではなく、草稿として「ネズミにかじらせていた」ものだったのです。しかし、マルクスやエンゲルスの思想の“発展過程”を知るには書かせない文献とされています)。

しかし、その後の旧ソ連では、そんな、ご都合主義的な編集の「著作集」すら棚上げになっていたようですね。エリツィン氏が入党試験で、読んでもいない文献をはったりで「引用」し(歌舞伎『勧進帳』みたいにね)、試験官から「君はよく勉強している」とほめられたというのが、彼の自伝に書いてあるそうな。

そういえば、エラスムスが、『対話集』の「修道院長と教養ある女性」で:
(修道院長が修道士に書物を読むことを認めないのはどうしてかと訪ねられ)
「なんとなれば、やつらが拙僧の言うことを聞かなくなるのは必定。やれ教会法典がどうだの、やれ教令集がどうだの、ペテロはこう述べている、パウロはこう申しておる、などと口答えをいたすじゃろうて」とか、
(過去の聖女たちが聖書に親しまなかったかと尋ねられて)
「現代では稀なことですわい」
と修道院長に答えさせているのを思い出しますね。(渡辺一夫訳)
旧ソ連は共産主義とはまったく無縁の社会だったようです。

そうそう、全集ができたとしても、マルクスやエンゲルス自身も、時代を追って、その思想を変化させている(価値観をこめていえば「深化させている」)ことにも留意しておかなくてはなりませんね。聖書の神様のように、生まれてから死ぬまで「完全な」巨人であったわけではないですから。(さらに蛇足を加えれば、彼らの時代から、社会自体も変化していることも考え合わせて、読まなくてはなりませんね。)

いや、長々と失礼しました (^_^;

Posted by: Lamium | October 21, 2006 at 14:36

こんにちは。
>あくまでも“著作集”
マルクスに限らず、「全集」というのは意外に少ないです。
日本の場合、「これぞ全集」と呼べるものを発行しているのは、
岩波や筑摩などが代表でしょう。
岩波の漱石や龍之介、内村鑑三などの全集、
筑摩の『宮沢賢治全集』や『柳田國男集』などは、
編集が特にすぐれています。
草稿が多く残っているものの、編集に戸惑って全集の刊行がとまっている
作家や思想家もたくさんいるようです。ノヴァーリスやライプニッツなどがその類です。
>都合の悪いものは隠して出版
この手のものも、実に多いですね。日露戦争でロシアが負けた後、
博愛主義であるはずのトルストイが「日本なんて叩き潰せ」などと発言
していたり、トーマス・マンが一時期でもナチに同情的な記事を書いていた
とか。
日本の作家の場合は、戦後に小田切秀雄や吉本隆明などが告発した
「文学者の戦争責任」論争や「文学者の戦後責任」論争などでよく出てきます。
脱線しました。失礼しました。

Posted by: 多摩のいずみ | October 21, 2006 at 16:11

番組は、「器 夢工房」。
陶芸家さんは、陶芸家は、金憲鎬…でしょうか。
検索すると、通販も出てきます。マグカップ三千円台くらいから。
…と、私は簡潔にヽ(´ー`)ノ

Posted by: overQ | October 21, 2006 at 18:30

LINさん、こんばんは。
テルーの唄はすごいですよ。
ゲドの感想にも書きましたが、
公式HPで、堂々と朔太郎の詩と並べて載せてますから。
http://www.ghibli.jp/ged/
これには、絶句。
坊ちゃん、世間しらずもやすみやすみに。
というか注意する人がいなかったのかしら。と思いました。
おかしいです。

Posted by: pico | October 22, 2006 at 02:37

>Lamiumさん
よくよく見たら『今こそマルクスを読み返す』は1990年の本でして
もしかすると、とっくに全集はできあがっているかもと慌てました。
まだなのですね、よかった。
全集はロシアにさえないそうですね。
大月書店の著作集の底本になった“Werke”も完璧ではないとか?
プレジネフ時代の後期になって始まった全集編纂が作業途中ということですが
その後、どうなったのか…。
Lamiumさんはお詳しいのですね。
マルクスを読まれていらっしゃるのでしょうか?
私はまず、入門書的なものからと、この『今こそマルクスを読み返す』を読んでいるのですが
これまたむずかしい(>_<)
もうちょっと簡単な入門本をさがそうかと思ってます。

Posted by: LIN | October 22, 2006 at 10:26

>多摩のいずみさん
ちょうど、今、「本を読む人々。」(本好きのためのSNSです)で
漱石の『木屑録』が話題になってまして、漱石の全集について
さっき調べたばかりです。
岩波の漱石全集は全28巻ですから、『木屑録』も収録されているのですが
筑摩の方はたった10巻なんですよね。
文庫なので、お安くていいのですが…
全集も、昔と違って、リビングに並べてインテリぶるという時代でもないですから
やたらに豪華本にするのでなく、文庫でも出していただきたいですよね。
>吉本隆明などが告発した「文学者の戦争責任」論争
わー、これ、読んでみたいです。
淡路書房の1956年出版『文学者の戦争責任』ってやつでしょうか?
うわー、古くて、手に入りにくそうです。
それこそ吉本隆明全著作集にはいってますかね?

Posted by: LIN | October 22, 2006 at 10:35

>overQさん
うきゃー、そうです、そうです、金憲鎬さんです。
教えてくださってありがとうございます(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ
感謝感激です。
NHKは教えてくれそうにないと思っていたのでホント、よかった。
あの番組、いい番組ですよねえ。
古いプログラムを再放送していて、
たまに新しいプログラムを混ぜているとか?
金さんの作品は、なんか縄文時代を思い出させるんですよねえ。
きっと我々の祖先も、縄文の頃は、ああいうごつごつとした食器を使ってたんじゃないかって。
ネットでじっくり探して、是非、作品を買いたいと思います。

Posted by: LIN | October 22, 2006 at 10:45

>picoさん
どうもご本人は朔太郎の詩を参考にしたと公言しているそうですね。
荒川さんはそのうえで、『作詞・宮崎吾朗』じゃなく
『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』にすべきだとおっしゃっているとか。
私もインスパイアとものまねは違うと思うんです。
宮崎さんのは、何だかセコイものまねに、私には見えます。
偉大な作品をヘタにいじるなら、私は、朔太郎の詩そのものを
歌にすればよかったじゃないかと思ってしまいました。

Posted by: LIN | October 22, 2006 at 10:50

「いま編纂中」と書いたのは、MEGA-2(Marx-Engels-Gesamtausgabe)のことです。
ブレジネフ時代に始まったものです。
詳しくは、
http://www.iisg.nl/~imes/
あたりに書かれているようです。
簡単な紹介は「東北大学学生新聞」に関連記事がありました(古いですが)。
http://www.ton-press.jp/article/300/3003koue.html
新日本出版社の『経済』2003年5月号が「マルクス没後120年 総特集 21世紀にマルクスを読む」で、これに詳しい記事が載っていたはずですが、いま手元にありません。

新MEGAは、自筆草稿にたちもどって編集しているので、とても時間がかかるようです。
大月の「全集」は、Dietz社の「Werke」の全訳だったと思います。

なお、マルクス・エンゲルス・レーニンなどについては「歴史の中で読む」とか「導きの糸として読む」とか、こんなキーフレーズで、私の政治的位置がgoogle地図なみの精度で特定できると思います(^_^)

Posted by: | October 22, 2006 at 14:41

ガラスペンいいですよ。私は一筆箋を多用します。
ボリュームの点からみてもちょうどいいですし、
一気に書ききる覚悟を決めて躊躇いなく書く感じが悪くないです。

Posted by: kota | October 23, 2006 at 02:55

>Lamiumさん
プレジネフ時代に始まったのはMEGA-2というのですね。
昨日は吉本隆明著の『カール・マルクス』をぱらぱらと読んでいたのですが
むずかしいです。
いきなり『資本論』を読んでも、絶対、わからないので
入門書の類をさがしているのですが、なかなかないですねえ。

Posted by: LIN | October 23, 2006 at 09:16

>kotaさん
わあ、kotaさんはガラスペンをお使いになっているのですか!
ガラスペンもお値段、ピンキリなのですね。
確か、番組で山口智子は製作者を「菅さん」といっていたような気がするのです。
菅さんのガラスペンはなんと1万8千円!
まあ、モンブランの万年筆を買うと思えば…なんですが。
私の場合、その前に、まず字がじょうずにならなくちゃです(;´Д`)

Posted by: LIN | October 23, 2006 at 09:22

話題がちぐはくですみません。
「新メガ」「新MEGA」をIMESが「MEGA-2」と呼んでいるのを私も初めて知りました。

「マルクス主義」の入門書でしたら、特定の立場からのものと割り切って読んでいただけるなら、これがいいかも:
不破哲三『科学的社会主義を学ぶ』(2001年、新日本出版社)

未来社会論については『ゴーダ綱領批判』の誤読があったと、定説を批判する論文を、上の本の後に出しています:
『古典研究 マルクス未来社会論』(2004年、同)

原典を読むなら、最初はこれがいいと言われてきました:
エンゲルス『空想から科学へ』
新日本出版社の 〈科学的社会主義の古典選書〉に入っているのが、傍注が詳しくて読みやすいですよ。

マルクス『資本論』は、第1部はマルクスが完成させてますから、第1部だけなら読みやすいと思います。
第2部、第3部はマルクスの死後、エンゲルスが草稿を編集したものです。計算違いもあったり、とても読みにくいです。新MEGAの研究がもう少し進んでからのほうがいいかもしれません。

Posted by: Lamium | October 23, 2006 at 23:09

>Lamiumさん
本のご紹介ありがとうございます。
ちょっと検索したら、共産党の勉強会で使われているみたい。
すごい。
『科学的社会主義を学ぶ』を読んでレポートを書くという勉強会をやっているという
共産党も何かすごいなあ。
あ!今、気がついた!
そもそも不破さんが、共産党のエライ人でしたよね?
委員長でしたっけ?議長でしたっけ?
うーん、偏見かもしれませんが、そういう本って偏りはないのでしょうか?
えっ、『資本論』って第1部なら読みやすいのですか?
頭からむずかしいと決めつけていたのですが、そうかあ、読んでみようかなあ。

Posted by: LIN | October 24, 2006 at 09:19

不破氏はこの本を書いたころは議長でしたが、今は引退して、党付属の社会科学研究所の所長をやってます。

どの本にも「偏り」はありますよね。
さらに、詩に限らず、「作者」と「話者」は別だし...(入沢康夫『詩の構造についての覚え書き』をいま読んでいるところです)

「中立」を装っている話者よりは、この不破氏の本の方が旗色鮮明だから、かえって害はないでしょう?
なお、私も不破氏と同じ党のメンバーです。前のコメントで気づいていただけたかと思っていたのですが、ここで白状します(^_^;;

Posted by: Lamium | October 24, 2006 at 19:50

>Lamiumさん
>私も不破氏と同じ党のメンバー
わ!そうだったんですか!
私ってにぶくて…
「そういう本」とか偏見のある書き方をしてしまってすみません。
不破さんの本が紹介された段階で気づけよ、私。
>党付属の社会科学研究所
そういうものがあるとは知りませんでした。
どんな研究所なのかなーと、共産党のHPで検索してみたのですが
あまり情報がないみたいで。
偏りと書いたのは、マルクスに関しては、政治が関わってくると、
ちょっと原型と変わってしまうような気がするんです。
(ちゃんと読んでもいないくせに生意気ですが)
昨夜は、吉本隆明の『カール・マルクス』を読んでいたのですが
やっぱり、むずかしい…

Posted by: LIN | October 25, 2006 at 09:34

こんばんは。
まず、説明不足ですみません。「文学者の戦争責任」というのは、書名ではなく
一連の論争のことです。吉本隆明が書いたものとしては、『芸術的抵抗と挫折』など
があります。「吉本隆明全著作集」に入っているものもありますし、武井照夫との共著
『文学者の戦争責任』などさまざまです。
この論争の手頃な資料集としては、未来社版『現代日本文学論争史』全3巻や、番町書房版
『戦後文学論争』全2巻などがあります。
私は後者がおすすめです。
>漱石全集
岩波では、かなり昔から「新書版全集」をいくつも出しています。私は漱石や龍之介などの
ものを古本屋でかなり買いました。気軽にカバンやポケットに放り込んで、
どこでも読めるのでとても重宝しています。
豪華版だけでなく、こういう「実用的で中身も本物」という本を出しているので、
岩波は信頼できる書店だと思います。
それから、Lamiumさんが挙げていらっしゃる、「読んでもいない文献をはったりで「引用」」
というのは、三島由紀夫などがよくやっているようです。
実は、私もその手の輩です。
私はホントーは、本なんて全然読んでいないんですよ。どうです。私は極悪人でしょう。
私みたいな極悪人が、「書評家」と称する連中の中にゴロゴロいます。
お気をつけ下さい。その本を読んでもいないくせに、
本の帯に「寸評」なんてヤツを平気で載せる人間がいっぱいいるのですから。

Posted by: 多摩のいずみ | October 26, 2006 at 00:55

>多摩のいずみさん
本のご紹介、ありがとうございます。
『芸術的抵抗と挫折』も『戦後文学論争』もおもしろそうなんですが
当然のことながら、新刊では手に入らず。
気長に古本を探してみますね。
>豪華版だけでなく、こういう「実用的で中身も本物」という本
見栄で本を買うのでなければ、文庫で十分ですよね。
>三島由紀夫などがよくやっている
あはは、そうなんですか?(笑)
私自身は、三島由紀夫がなぜ、人気があるのかわからないのですが
昨日、読んでいた本に、三島の割腹自殺は、ノン・ポリティカルの最たるもので
過剰なまでのナルシシズムだというようなことが書いてあり、
私もおおいに納得したところです。
最近、小説家なんて結局、ただのわがままのような気がしてならないです、私は。
>「書評家」と称する連中
私は書評家という職業の方々を基本的に信頼していません。
小説なんて人それぞれ感じればいいのであって、
書評家あたりに、あれこれいわれる筋合いはないと思っているので(笑)
つい、書評家の本を買ってしまったりするのですが、
結局、積みっぱなしで、あまり読んでいないのです。
多摩のいずみさんは、今はお仕事が忙しくて、あまり本を読むお時間が取れないのでしょうけど
10代、20代の頃に、たくさん、読んでこられたのではないですか?

Posted by: LIN | October 26, 2006 at 10:11

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